2009年07月05日

佐伯泰英『密命21巻 相剋』

激痛の淵より帰還
5年前の教訓生かせず
忙中不摂生に痛風炸裂
ところで痛風は英語でgoutというらしい
さしずめ痛風病み上がりのエントリー書きは
ghost writerならぬgout writerとでも言えようか
しかし、gout, ghost, ghoul 似たような英単語は
いずれもろくなものがない薄気味悪いものばかりだ
こんなのに取り付かれるのはまっぴらご免でやんす !
gout⇒ go out⇒ get out 変調変格活用?でおさらばだ ??



2009_何の花?_1.jpg



ところで、


いつも楽しく読んでいる佐伯泰英氏の時代小説『密命』だが、痛みで歩行がままならぬ療養中に『21巻 相剋』を読み終えた。

20巻で佐渡から江戸への帰途についた清之助は、上州片品村で進路を転じ陸奥仙台を目指していた。片品村→会津檜枝岐村→尾平→館岩村→田島村→下郷村→本郷村→会津若松→喜多方→米沢→山形を経て21巻で登場するのが笹谷峠である。5月連休に走った山形自動車道に同名の長いトンネルがあるがその当りだろう。

密命21巻_相克_1.jpg笹谷峠での一件を片付けた清之助は、更に伊達家仙台城下を目指し→川崎宿→芭蕉の辻→呉服問屋石橋屋→青葉城→(紫陽花寺)→塩竈→松島→瑞巌寺→寒風沢と武者修行の旅を進めている。仙台城下での仮の住まいは呉服問屋石橋屋が紹介した紫陽花寺。この寺から城下にある新陰流永井藩道場や願立流道場等に出向き剣修行に打ち込む。

一方、清之助が陸奥に転じたのと前後して惣三郎と神保桂次郎も江戸を後にして海岸沿いの磐城・相馬街道を経て仙台城下に入る。訪れた道場で清之助が城下に入っている事を聞き、急遽、仙台城下での最後の修行を変更し、清之助とすれ違うように山形の立石寺に転じている。また、江戸では清之助の帰りを待つしのの気苦労を案じた二人の娘がしのと三人で菊屋敷に出向き静養する。

こんな舞台背景のもと、清之助と桂次郎を中心にした剣修行が展開されるのだが、読んでみて、これまでの密命と比べてどうも盛り上がりに欠ける感じがする。


惣三郎が主人公として登場した密命前半は、将軍跡目相続に敗北した尾張徳川が画策する吉宗暗殺に対峙し密命を演じる惣三郎がいた。そして惣三郎をとりまく江戸市井の登場人物も惣三郎家族も毎回、実に機微に満ちた役割を演じていて、これが命をかけた勝負一筋の惣三郎を何とも言えないいい感じで取り巻いていた。暗殺側も毎回特徴のある悪者ぶりで時には惣三郎も深手を負って命を落としかけるほど手強さを有していた。真剣勝負の緊迫感に家族と市井の人情がうまくあいまったいい味を出していた。時には惣三郎に想いをよせるいなせなお京の立て膝博打に女盛りの色香が漂った場面もあった。小生は密命のそんなことこんなこと全てに惹かれるのである。


話を戻そう。21巻はそれが少し希薄になっているのではなだろうか?時代小説の大御所に対してど素人がいささか不謹慎きわまりないが、惣三郎が一線を退き息子清之助の武者修行に主題が移り、しかもそのゴールを吉宗天覧試合に収束させた段階で、もはや前半の興趣溢れた密命たるものは消失し、更に強い強いの清之助に対していささか無理筋の桂次郎育成をぶつけるしかない展開は、密命としてかなり厳しい感じがする。そんな中で21巻は吉宗天覧試合への単なるつなぎでしかないようにも思えるが??

密命は惣三郎一代で終結させておいた方がよかったのではないか?如何に書下ろしの佐伯泰英をしても多作過ぎるのではないか?そのため少し練りが不足し始めているのではないか?そんな感じがしたので、密命全巻のページ数(=行数)を数えてみた。結果は明らかに初期に比べていろいろなシリーズを同時並行的に多作しはじめた移ろいに合わせて減少している。ページ数の減少が多作に起因するだけでなく更に中身の空洞化に繋がらないことを願う密命ファンの戯言である。


われらがサラリーマンの時代小説の神様は、きっとその向こうに夢中になって目くるめく密命のエンディングをファンに用意してくれているのだろう。22巻は半年先の年末発刊だ。楽しみに心待ちしよう。。(閑話)


■関連情報
 ▼密命21巻・相剋と山寺の謎(My Blog)
 ▼佐伯泰英『密命20巻 雪中行』(My Blog)



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2009年06月21日

3年後に生き残るクルマとは?

梅雨の花といえば紫陽花
ところが梅雨のある日最寄り駅下
の花屋さんにひまわりが並んだ。
豊かな緑の葉の上に数え切れない
ほど花を咲かせてもどこか控えめ
で奥ゆかしい感じが何ともよいの
が紫陽花ならば、それと対照的に
自己主張と押し出しのつよいのが
ひまわりかな??鮮やかな黄色に
思わず携帯でスナップ!!



 ひまわり_1.jpg



■閑話1 クラウドって何?

headintheclouds_left.jpgクラウドと言えば、シャーリーズ・セロンとペネロペ・クルスが共演した『Head in the clouds』(日本題:トリコロールに燃えて)を思い出す。迫り来る戦争の脅威が漂う1930年代から1944年(パリ開放)までのヨーロッパを舞台として二大女優が共演した良い映画だ。どこかで監督は「ドクトル・ジバゴ」や「ライアンの娘」、「アラビアのロレンス」にも似た壮大なラブロマンスとも言っていたように記憶する。

ところで、最近、しばしば『クラウド』という言葉を耳にする。正確には『クラウド・コンピューティング』の略で、「高度にスケーラブルで抽象化された巨大なITリソースを、インターネットを通してサービスとして提供(利用)するコンピューティング」を言うらしい。もう少し易しい言い方をすれば、「インターネットを雲(クラウド)にたとえ、パソコンを雲の中の巨大なサーバ群につなぎ、文書作成や表計算、電子メールなどさまざまな処理をおこなうもの」ということらしい。

メインフレーム(集中:過去)⇒ PC+ソフト(分散:現在)⇒ ネット+サービス(クラウド:今後)へのコンピューティング・パラダイム・シフトが起き初めていて、一説には2008〜2010年:市場の黎明期、2011〜2012年:市場の発展期、2013年以降:普及期だとも言われている。

さて、本当にクラウド化なるものが進むのだろうか? メインフレームからのオープン・ダウンサイジング化(分散化)は、極めて直接的な必要性・効果性を感じることができたが、クラウドはどうだろうか? @過程を問わない結果がすべての利用モデルは企業の情報システム技術者を阻害し無知化する、AIT資産を持たないビジネスモデルはおそらく今以上のコストの流出超過を招き、Bどこからでものアクセスモデルは従来的な企業モデルでも利用可能か、C必要なコンピュータ資源の動的確保はかなわないが、これまで以上のコスト流出と不安定化を招くのではないか?いずれも提供せんがな側からの論理であって使う側からの必然性がまだまだ弱いように思われる。

クラウド_1.jpg歌は世につれ世は歌につれではないが、時代の流れに抗えない側面もあるが現状は、まさに冒頭のHead in the cloud(雲の中のもやもやしてよく見えない)状況ではないか?映画のギルダは生き急いで最後に間違いを悟った。ニコラス・G・カー著『クラウド化する世界』では、20世紀初めの米国の電力産業になぞらえクラウド化した世界は中産階級の崩壊をもたらし、ごく少数の個人に富が集中すると懸念しているらしい。

名は体を表すとも言われるが、クラウドはまさに「不透明な正体のつかみ難いもやもやしたもの=自分たちの理解や制御が及ばないもの=クラウド=ブラックボックス=無知化?」ということで、とらえようによってはなんて人様を見下した名前をつけたのかとも思えるが、一方 in the clouds は架空的で非現実的なものにも繋がる。

オープンダウンサイジングは選択・構築・運用の妙があった。増えたサーバの管理に根をあげて、またぞろホストにかわるブラックボックスに回帰し、昔のダム端末ならぬダムユーザーに戻りたいのでもあるまい。人をけむにまいて従属化し、創意工夫の働きようがない、あなたまかせのクラウドにならないよう、これからクラウド・プレーヤーの熱演をじっくり観察する必要があるのではないか?持たざるITは聞こえがよいが自前主義が身上の企業利用は慎重に緩やかにかな??




■閑話2 『一太郎』のジャストシステム浮川社長が退任へ


『麻生降ろし加速 自民大敗』の一面大見出しではじまる金曜の夕刊フジ。頁をくっていくと中程に小さな記事で『ジャストシステム創業の浮川社長退任へ』という記事が載っていた。クラウドなどとコンピューティング・パラダイムは止まることなく進んで行くようだが、もう何年前になるのだろう、30年? パソコンがビジネス用に普及し始めた頃、専用ワープロ機を脇に追いやり一世を風靡したワープロソフト『一太郎』の生みの親だ。社長交代の理由を4年連続赤字計上に「早期の業績回復を図るため、経営の刷新と若返りを進める」としている。

日本人の心を表した細やかな機能に日本語入力に優れるATOKをもってしても、ネットを通じたデータ交換の面からMSワードにシェアーを圧迫された。日本語から発した日本独自のソフトであり、今も徳島という地場に本社をおくジャストシステム。。頑張っていただきたいものだ。




■閑話3 3年後に生き残るクルマ(館内端著:宝島社新書)


3年後に残るクルマ_1.jpg先週だったか、読売新聞からの引用で『基礎から分る自動車業界再編』なるエントリーを書いたが、その週末、発刊になったばかしの『3年後に生き残るクルマ』(館内端著:宝島社新書)という新書を最寄りの本屋さんで見つけたので即購入した。著書は、NIKKEI NETの日経Webコラム『2010年に生き残るクルマ』に2年間に渡り連載されたコラムから厳選した記事に加筆したものとなっている。混沌とした次世代車開発の現状と、ある方向性をみせはじめたとする次世代車候補のハイブリッド車と電気自動車の3つの章をたて、さまざまな問題を整理しわかりやすく説いている。

ホンダのF1撤退についても詳しく書かれている。著者はF1の技術が生産車の技術に役立つことは何もないと言い切っていますね。現在のエレクトニクス化されたF1では、むしろ生産車からF1へ技術が流れているくらいとか。。

自動車100年目の大転換_1.jpg佐伯泰英の密命21巻『相剋』を今週の通勤読書とする予定だったが、急遽変更して『3年後に残るクルマ』を読むことにした。そうした最中、通勤途上の駅売店の雑誌コーナーでみつけたのが『自動車100年目の大転換』を特集した週刊ダイヤモンド(6/20号)。Part1が『自動車産業の試練』、Part2が『クルマの課題と未来』、Part3が『たのしくなけりゃクルマじゃない』となっている。ダイヤモンドらしく自動車産業に係る様々なデータが豊富で分かりよく参考になる。

20世紀を代表する『産業中の産業』と言われる自動車が今、大きな転換期を迎えている。クラウドのような曖昧模糊としたものでない明確な制約条件をクリアーする次世代自動車をして次の100年を生き抜く為の熾烈な開発競争に突入している。それは同時に忘れかけた自動車の楽しさを呼び返し次世代ユーザーを夢中にさせる新たな価値の創造にむけたパラダイム・シフトなのだろう。。

たまたま手にした2冊は、小生のような素人が今おかれたクルマの事情を知るには充分すぎる内容をした総力版であった。。(閑話)



■関連情報
 ▼2010年に生き残るクルマ(舘内端)(日経エコロミー)
 ▼基礎から分る自動車業界再編(My Blog)
 ▼さらば、ホンダF1(My Blog)



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2009年06月14日

密命21巻・相剋と山寺の謎

密命が出た
待つこと6ヶ月
まようことなく昼休み
ビル地下の本屋で購入


密命21巻_相克_1.jpg佐伯泰英氏の密命シリーズ第21巻『相剋』は、
帯の一節を引用すと《舞台を奥州に移し惣三郎、
清之助、桂次郎、剣に生きる三者の魂がぶつか
り激しく渦巻く緊迫の21弾!》となっている。
来週の通勤読書で読むつもりだが、どのような
相剋が展開されているのか楽しみである。
では、今日はというと、、
実は密命21巻が秘密裏に私に課したもう一つ
の密命? 即ち『山寺の謎をエントリーに書け』
を実行する??


ところで


山寺の謎』とは、偶然とは考え難い何かの意図(糸)で繋がっているのではないかと思いたくなる『奇遇の重なり』を言う。これを連関図に表すと以下のようになる。


密命20巻『宣告』完読(08/12/23)

密命21巻心待ち

5月連休ドライブ旅行(5/1)

詳伝社文庫『密命21巻』 → 『山寺』 ← 『百景を歩く』読売新聞
(6/12)       ↓       (6/12)

MyBlog忙中閑話エントリー(6/14)


『密命』シリーズの冒頭には、目次と密命の主要な登場人物と物語の舞台を示す関連地図がいつも載っている。定番だ。従って、いつもは、ささーと見送るのだが、21巻『相剋』の関連地図を見て驚き・桃ノ木・山椒の木!!

この5月の連休に山形の『山寺』を訪ねたが、その際、時間が許す限り訪ねようと予定した @山寺、A松島、B青葉城が、なんとどんぴしゃ関連地図に載っているではないか! というより21巻『相剋の舞台』になっている。

密命21巻_相克_3.jpg江戸から伸びる奥州街道は東北自動車道と読みかえれば、事前に走行距離やICなどを確認した道路地図にそっくりマッピングできる。5月のドライブをプレイバックしてみよう。
渋滞が解け始めた国見SAで休憩した後、白石ICを通過し、やがて村田ICで山形自動車道に分岐して入る。そこから10Kmくらい山形に向って走った所が関連地図にもある川崎宿の当りで高速のIC名は宮城川崎となっている。更に山間を上って行くとやがて長い笹谷トンネルに出合う。密命21巻で仙台に向う清之助が登場するのは、この笹谷峠である。トンネルを抜け30KmR、40KmRのカーブを下りながら20Kmほど走ると米沢北IC。ここで高速を下り、道路案内に従い山寺を目指す。この間おおよそ10Kmくらい。

こうして山寺を訪ねたのが5月2日。行きの高速渋滞による時間ロスがなければ、とってかえして仙台・松島も訪ねることができたはずだが、それでも、当初のドライブ旅行の目的地が、待ちに待った『密命21巻の舞台』と完全に一致するとは、いったいどうした因果なのか?


偶然にしても、ふつうあり得ないことですよね。
これが、一つ目の奇遇。



折角なので、『相剋』に描かれた『山寺』を246頁から引用させていただこう。。
《二口峠の国境から山形領内に入った所に、平安時代、天台宗の慈覚大師円仁が清和天皇の命を受けて開いたと言い伝えられ山寺があった。『立石寺』である。貞観六年(864)、慈覚大師が入寂すると、この山寺の洞窟に遺骨を安置したと言われ、奇岩怪石の切り立った岩峰のあちこちに寺の宿望が建てられ、修業僧が慈覚大師の遺徳を偲びつつ修行に明け暮れた。

そんな山寺の一宿坊に頭に白いものが目立つようになった武芸者が住むようになり、一日じゅう座禅を組んで過ごしていた。時に草履掛けでで山に入り、二口峠の御境番所を避けて伊達領内に入り、二口渓谷で独り修行に励む神保桂次郎の姿を遠くから眺めては、また峠を越えて山寺に戻っていた。 金杉惣三郎だ。》


わが時代小説のヒーロー金杉惣三郎が山寺(立石寺)に現れた
『密命』ファンの小生は、そこに展開される物語を読むだけでも楽しい限りなのだが、今回は舞台まで合わせてくれた。しかも、ほんの一ヶ月前、小生自身が歩いてきた場所だ。


なんという偶然?これが、二つ目。
そして、更に奇遇は続く。。



平成100景_山寺_1.jpg密命21巻が本屋さんに並んだ6月12日の読売新聞『百景を歩く』というコラムに『山寺』が紹介された。
ふもとの商店街代表として100年近く続く食堂『対面石』の3代目店主の話が載っている。小生の飛び込みの一泊依頼に気持ちよく歓待いただいた旅館『高砂屋別館』の大女将さんと若女将さんにここで改めてお礼を申し上げよう。

平成100景は、読売新聞が創刊130周年記念事業として新時代を代表する100カ所を「平成100景」として認定したもの。この100カ所もの中から一つだけ選ばれ、『密命』の発売日(6月12日)に記事となり、内容が同じ「山寺」を扱ったものとなる確率はどのくらいだろうか?何か糸(意図)の通じる者同士が背後で連携しているのでなはないかとすら思えてくる。


まさに奇遇三重奏?山寺の謎』である。。(閑話)



連休の最後に書いたエントリー『みちのく渋滞走行記(前編)』の後編を写真中心にまとめて、終わりとする。


山寺_4.jpg

山寺(立石寺)


山寺_入口初段.jpg山寺_本堂.jpg山寺_18.jpg


山寺_5.jpg山寺_6.jpg山寺_29.jpg


山寺_7.jpg


山寺_11.jpg山寺_10.jpg山寺_12.jpg

われ一句 詠まんとするも 言葉なし
山寺や ああ山寺や 山寺や


芭蕉


山寺_16.jpg山寺_17.jpg山寺_9.jpg


山寺_14.jpg山寺_15.jpg

閑かさや岩にしみ入る蝉の声

麓の坊に宿かり置きて、山上の堂にのぼる。岩に巌を重ねて山とし、松柏年旧り、
土石老いて苔滑らかに、岩上の院々扉を閉じて、物の音きこえず。
岩を這ひて、仏閣を拝し、佳景寂莫として心澄みゆくのみ覚ゆ。


芭蕉_まゆはきの句_1.jpg芭蕉_まゆはきの句_3.jpg

まゆはきを俤にして紅粉の花

林檎の花を見ようと山寺を出て天童市の方向に農道を走っていると、
ふと道脇に見つけたまゆはきの句碑

山寺_26.jpg山寺_25.jpg林檎の花.jpg



■関連情報
 ▼みちのく渋滞走行記(前編)(MyBlog)
 ▼佐伯泰英『密命20巻 雪中行』(MyBlog)
 ▼山寺立石寺(山形旅行)


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2009年06月12日

基礎から分る自動車業界再編

梅雨入り
混み合う朝の電車は
隠忍自重の難行苦行

それにしても最近の通勤電車
連日5分前後の遅れが生じる
滑らかな車掌のお詫び放送は
繰返し防止に結実してこそ意
味がある。慣用句のような繰
り返しが少々腹立たしく聞こ
えることも。。まーゆとりを



2009_紫陽花_1.jpg



ところで


読売夕刊に『基礎からわかる自動車業界再編』なる記事が載っていた。

米ビッグスリーの経営破綻、新興国の台頭、
世界の自動車業界が大再編期に突入している。
21世紀の自動車業界地図は大きく塗り替わるかもしれないと。


記事から抜粋させていただくと、

自動車産業の世界再編.jpg自動車産業の世界再編2.jpg
加速する自動車産業界の世界再編  再編で変る販売台数ランキング


Q1。なぜ活発化?
米ビッグスリー体制の崩壊
世界的過剰生産能力(3000万台過剰)

Q2。合従連衡の狙いは?
エコカー開発競争に勝ち残るため
事業規模を拡大し資金力を高める
開発費用の負担が大きく共同開発する
新興国、新規参入企業のブランド買い

Q3。日本勢の影響は?
トヨターGM
スズキーGM
いすずーGM
マツダーフォード
日産ークライスラーーフィアット
12社体制の存続は容易でない。

Q4。世界再編は?
90年後半:400万台クラブ説
生産規模が年間400万台以上でないと生き残れない。
ただ、ほとんどが失敗

今:フィアットCEO説
世界の自動車メーカーはいずれ6社体制に集約される。
現在の勢力図で上位6位に入るには、最低でも500万台規模が必要。
ただ、GMの破綻は規模が自動車メーカ生き残りの絶対条件ではない。


紙面一面を使った大きな記事だが、面白いことに『ホンダ』の文字がどこにも現れない。唯一、世界再編図の中にホンダ(独立路線)とだけある。

仮に世界の自動車メーカーが先々、6グループに集約されるとして、ホンダは現在7番手。ボーダーライン上だ。F1撤退会見で「撤退はホンダの歴史上どういう意味を持つかというよりは、1年後、2年後、3年後にホンダがどういう商品を出しているかで評価すべき。良い決断だった、と言われるようにしなくてはいけない」と語ったホンダ社長。

同日のAFPBBNewsには、ホンダ過去50年の取組み実績が賞賛されている。
独自路線で次世代を颯爽と走り抜けるホンダの車となるか。

銀も 金も玉も なにせむに 優れる宝 子に及かめやも

頑張れ、ホンダ。。(閑話)


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2009年06月06日

幻の青春スター本間千代子

今日も雨
すっかり梅雨もよう
あじさいの花も咲き始めた
梅雨入り宣言はまだかな?



紫陽花_2009_2.jpg




■閑話1 梅雨入りはまだ?


梅雨は季節現象であり,その入り明けは,平均的に5日程度の「移り変わり」の期間があります.その期間のおおむね中日をもって「○日頃」と表現するそうだ。関東甲信越の梅雨入り時期(平年値)は6月8日。現象的にもフィットしているようだが? 一昨年あたりから発表と確定日との間に1週間弱の誤差が出始めているようで気象庁も慎重なのか、温暖化等の影響で予報に複雑さが増しているのか?

やがて『知らず』が『梅雨知らずに』になったりして?
まー、それはないっか(詳しくはこちら参照ください)




■閑話2 『横』はかわいそうな字


』という字はかわいそうな字で、横領、横流し、横恋慕。。。好ましからざる言葉に縁がある。日本郵政の人事をめぐる鳩山邦夫総務相と西川義文社長の確執も、「横」の押しつけ合いといえなくもない。不祥事にけじめをつけない社長続投を総務相は「横暴」の人と見、認可権限を盾に民間人事に口を差し挟む総務相を社長側は「横車」の押し手と見る。双方のすれちがいに与党内の民営化路線推進派も加わり混迷模様。混迷の根っこは「横暴や横車」ではなく、首相の「横着」にあったのかもしれない。(読売新聞・編集手帳を参照)

世間を騒がす「横綱」問題も同じ構文で切れるような感じがする。




■閑話3 右手に「論語」左手に「韓非子」


右手に論語_1.jpg「片手にピストル、心に花束・・」と唄ったのはジュリーこと沢田研二。もう30年も前になろうか。。今週、通勤読書でタイトルのごろが似た『右手に「論語」左手に「韓非子」』(守屋洋著:角川SSC新書)を読んだ。論語、韓非子??語れた柄ではないが、左右2頁に1話を納め、それぞれ名言とするもの40話収めている。短くて読みよい。解説が容易でおつむが痛まない。今更おやじが読んでどうするのと自嘲の念なきにしもあらずだが。。

折しも、天安門事件から20年を迎え、中国政府の異常なまでの厳戒態勢が報じられている。後世に偉大な影響を及ぼした賢人の教えをなぜ中国は社会に根付かせ活かすことができないのだろうか?今ある中国政府は、論語下記2話を「調和社会」と言いつつ、統治は韓非子3話の徹底実践。権力維持に臣下の範囲は民におよび、統制し嘘で洗脳し従属させる。ほんとに必死なんだね。でもこの国は何時の日か必ず崩れるね??そんなことあんなこと混合う車両の通勤読書より。。

論語
人の道を踏みはずすな  見利思義(りをみてはぎをおもう)
平等な社会をめざしたい 不患寡而患不均(すくなきをうれえずしてひとしからざるをうれう)

韓非子
権限を手放すな  明主之所導制其臣者、二柄而己矣(めいしゅのよってそのしんをせいするところのものは、にへいのみ)
臣下を信用するな 人主之患在於信人(じんしゅのうれいはひとをしんずるにあり)
嘘も真実になる  三人言而成虎(さんにんいいてとらをなす)




■余話 幻の青春スター本間千代子


上新書の著者の名前(守屋洋)を見ていると、その昔「僕は泣いちっち」を大ヒットさせた同姓同名の歌謡曲歌手の守屋浩を思い出し、更に、確か彼の奥さんになった「幻の青春スター本間千代子」を思い出した。

小生なんぞは、幼心に吉永小百合より本町千代子が圧倒的に好みだった。清楚で可憐な容姿はなんたってアイドル。そんな最中、若くして結婚した相手が守屋浩。なんでそんな男と。。おおくのファンを失望の淵に突き落とした日は遥か遠くになりにけり。Wikipediaによると、その後、離婚され現在は音楽プロデューサと再婚されているらしい。同時にググっていると、本町千代子さんの当時のレコードや写真を特集したお宝サイトを見つけたのでリンクさせていただきます。

あの頃、本間千代子に心ときめかした方には必見お勧め。。(閑話・閑話)



■参照情報
 ▼気象ノート 
 ▼本間千代子(Wikipedia)
 ▼こりゃまたどうじゃろかい蘭一輝(らんいっき)のページ



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2009年05月30日

Newsweek 映画ザ・ベスト100

週末土曜
今日も朝から霧雨がつづく
窓の外は少し明るくなって
きたようだが梅雨?もよう


若葉に雨滴_1.jpg



ところで、

最近、こんな映画をみた。。


最後の初恋/あの日の指輪を待つきみへ/殯の森/シルク/マリー/マザー・テレサ/P.S.アイ・ラブ・ユー/RED DUST/マンデラの名もなき看守/中国の植物学者の娘たち/胡同の理髪師/ミラノの霧の中で/ランジェ公爵夫人/ブーリン家の姉妹/宮廷画家ゴヤは見た/実録・連合赤軍/許されざる者/ワイアット・アープ/告発のとき/レッド・ウオリアー


『最後の初恋』では、おん歳60になるギアが頑張っている。しかし、いかにギアをしても少し無理かな。面映い。その点『あの日の指輪を待つきみへ』のほうが感動は上。『シルク』は色彩が美しい。『マンデラの名もなき看守』ではジョセフ・ファインズに久しぶりに出会った。『ブーリン家の姉妹』のヨハンソンと母親役の?トーマス・スコット?は、レッドフォードが監督主演した『モンタナの風に抱かれて』に同じく親子で出ていたような気がする。子役も今や大女優。『実録・連合赤軍』は怖いね。理想を求めるほどに理想を邪魔する者を厳しく攻撃しようとする心理。対立→内ゲバ→総括粛正→凄惨悲惨。学生運動という直接的な行動で社会を変えることを夢みた団塊世代は、今やアラウンド60にして『60歳のラブレター』。かくも時は流れたりか。。


DVDは、思い立てばビデオ屋さんに寄ってラックをさーっと眺めて、
”これっ”と感じる作品があれば借りるということを繰返している
特に前もっての情報はなし。出たとこ勝負の成行きまかせ
未だ日常を埋め尽くす仕事時間の狭間のオアシスを求め
その映画の世界をして感性が揺らげばそれでよい
当然、外れもあれば、思わぬ当りもある
自然に気ままがなによりと
唯我独尊?我道行造


とはいいつつも、

今週、二つ少し気になることがあった。

一つは、勤め先近くの大きなビル1Fの端っこにあるビデオ屋さんに昼休みの散歩がてらに入ってみた。外観の印象とは異なり中は随分広くて在庫DVDの数も多い。何より新作が目につく。いつも利用するビデオ屋さんとは新作の旬の度合いと数で明らかに違う。

The Greatest Movies 100_1.jpgもう一つは、5月の連休前に買っていたNewsweek(5/6-5/13)合併号『映画ザ・ベスト100』(厳選保存版)

《DVDやネットで幅広い作品にアクセスできるようになった今、必要なのは「本当に面白い映画」を見極める指南役。近年の超大作の隠れた魅力から不朽の名作の「落とし穴」まで、本誌ベテラン批評家が建前抜きで大胆分析。さらによりすぐりの映画評100本紹介する。》ときた。


気ままが何よりとは思うが、膨大な作品の数を思うと限られた時間の中で観れる作品はごくわずか。とんでもない偏ったマイナーな一部分だけ観ていては確かに無意味かも?選び方、見方にもバリエーションを取り入れたほうがいいのかな?などと(どうでもよいよなことだが)不惑ならぬ不不惑が生じた。。


『映画ザ・ベスト100』は、AFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)が07年に発表した『偉大なアメリカ映画ベスト100』とNewsweekにこれまで載った映画評100本から構成されている。
AFIのベスト100は1989年に初めて発表されてから10年後の2007年に監督や脚本家、批評家などの映画人1500人の投票で決められたものらしい。

誌曰く《「不朽の名作」に騙されるな。「見せ掛けの傑作」と「本当の名作」を見分けよう。というキャプションでAFI100選をいろいろ論じている。一方、自誌映画評100選は、「技あり!手加減なし 名評・酷評100」褒めるもけなすも真っ向勝負。》と意気軒昂。

市民ケーン_1.jpg《どこかに旅に出るとき、「運命」のガイドブックに出合ったことはないだろうか。 <略> ある意味、いい映画評はそんなガイドブックに似ている。手法の斬新さ、俳優の新たな魅力、メッセージ性と娯楽性のバランス。。好き嫌いとは違う、客観的で奥深い批評家の視点は、既に作品を見たファンでさえ気付かない隠れた魅力や欠点を教えてくれる。深い知識と愛情に裏打ちされた批評は、褒めていようがけなしていようが説得力をもって映画ファンの心に訴えるものだ。なぜか忘れられない、泣けるけれど後でむなしくなる。。誰もが感じる根本的な作品の力や特徴まで、分析的視点で解説してくれる。

今回、そんなとっておきの本誌映画評100本を紹介しよう。読んでみれば、新たに挑戦してみたい、もう一度見直したい作品がきっと見つかるはずだ。》


そうまで言って頂ければ、素直に従おう。。暇ではないが、上の二つの100選にアカデミー賞を加えた三つをExcelシートに転記して作品名や各選間での重複度合いなどを見てみた。

目にしている作品はほんの一部なんですね。
これで全体俯瞰とはいかないのでしょうが、それでもなにか映画の森と林と木の構成がおぼろげながら見えたような錯覚をおこしてくれただけでもNewsweek厳選保存版(450円)は、お買い得だったのかもしれない。


ちなみに、AFI選「偉大なアメリカ映画ベスト100」とNewsweek「映画評100」両方で同時に選ばれた作品は、たった3本
また、アカデミー賞受賞作が含まれる割合は、前者が26本、後者は5本
小生の鑑賞率は、AFI選100は26本、映画評100は12本、アカデミー賞は25本だった。気ままにしてはヒット率はほどほどかな??(閑話)



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2009年05月23日

今更だが裁判員制度って何?

今朝は珍しく4時半に目が覚めた
微睡みに再び入りこもうとするも
正直な体は早く寝入った時間だけ
もういいよと暗に命じている様な
しからばと朝刊をとりコーヒーを
入れてついでにTVとPCをつけて
新聞を開けてみる。。。



山寺焼予平衞釜_1.jpg



そうなんですね、今日21日が裁判員制度がスタートする非難ですね。。

一面トップは、新型インフルエンザの関東圏への波及記事。
その横に『裁判員制度の施行』の記事が載っている。

解説記事の見出しを拾ってみると、
曰く、『裁判員制きょう施行 国民主役の司法へ』
日弁連『社会常識の反映狙う』
最高裁『法廷の活性化目指す』
検察『被害者の声で前向きに』


本来、国民が求めた制度ならば、もっと喜ばしい歓迎の声が湧き上がってもよいのではないか? いずこも、アーあれね!とは言うが他人事のよう。関心が無い。薄い。喚起されない。腑に落ちない。。


これまで、誠実につつましく暮らしていた普通の人が裁判員になったとすると、《毎日法廷に端座させられてえんえんと公判につき合わされ、トラウマになりそうな証拠写真を見せられ、どこの誰とも知らない人と不愉快な議論をさせられ、この被告人を死刑台か刑務所に送るべきかどうかおまえの意見を言えと迫られ、そしてここで知ったことは一生誰にも話してはならない。もし話したら罰金か懲役だ》という義務を課せられることになるそうだ。


おいおい勘弁してくれよ
ただ興味で応じる話でもなかろう
それとも責任回避になるのかな?


そもそも税金から多額の報酬を出して裁判官を雇用しているのは、何の備えも無ければ、それ相応の訓練の一つも受けてない普通の人が突如、人様を裁くなんて無茶を避けるためではないのか? またそれは、人の運命を裁くという極めて厳粛な行為であるが故に、何事にも揺らがない客観性や論理的な思考能力や豊富な判例知識など身につけた高い専門性が求められる仕事ではないのか?


素人が裁判員として参加することによって、ほんとうに誤審や冤罪が減るのだろうか?


ところで、先週
たまたま古い西部劇映画ケビン・コスナー主演の『ワイアットアープ』を観たが、、

現役保安官&ガンマンを引退したアープが愛するジョージーと船でアラスカへ向っている最後の場面。。一人の若者が「あなたはアープさんではないか?」と尋ね、自分の父を群衆の縛り首要求から救った保安官事務所前でのアープと群衆の対決を父親から聞いた話として再現する下りがある。

ワイアットアープ_3.jpg両手に銃をかざしたアープは群衆に向って『それだけの銃があれば俺を殺すことは簡単だろう。しかし12人は死んでもらう。お前とお前とお前は必ず。。勇気があるなら俺と一緒にあの世に行こう』と言うのですね。名指された民衆は後ずさりして一人一人、次には全員その場を去って一件落着となる。

ワイアットアープ_2.jpgアープが守ったのは酒場のトランプゲームの諍いから相手を殺した荒くれ者の被疑者であり裁きに任せることなんですね。一時の集団心理に動かされた群衆は一人一人をとれば誠実で善良な家庭をもつ市民なのだ。銃が力をもった西部開拓無法者時代と比べるのもなんだが、民衆の本質なんてものは今も昔もあまり変りがないのでは?という気もする。その米国の陪審制は「被告が無実を主張した事件が対象となり市民が参画する」ことになっているそうだ。


模擬裁判の結果から量刑の基本的な決め方をガイドラインとして裁判員に提示してスタートせざるをえない状況は、そもそも準備不足を意味し、時期尚早を表しているのではないか。否、一般市民に論理的で客観的な判断など求めても成立するわけがないということを示しているのではないだろうか? やるなら、量刑に係らない参審制で裁判員制度の出来具合を観察しながら改善継続か廃止か様子見の期間を設けても手遅れなんてことはないだろう?


読売新聞朝刊の解説記事『基礎からわかる裁判員制度』を読むと、司法改革制度の議論が始まった時、国民の裁判参加はあくまで『付け足し』の課題であり、世論が高まっていた訳ではないと言う。声をあげていたのは産業界でしかも民事裁判の迅速化だったそうだ。それが、いつのまにか国で取り組むプロジェクトになり、更に「官から民へ」の流れの中で「国民自らが司法を支える時代」となり、刺身のツマがいつのまにか主菜になり04年5月裁判員法が成立したというのが経緯で、どう読んでも全て中途半端でいいかげんと言っている。

多数の識者が指摘する、あるいは模擬裁判でも顕在化した様々な問題について慎重な議論の上に刑事裁判のどこがどうよくなるのか、この制度がこの国の既存の法体系に調和するのか、市民の司法参画はどのような形態がよりよいのか、といったことをもっと分かりよく明確にした上で本格施行してもよいのではないか?
また、市民の参加は社会や生活の安定があってのことだろう。百年に一度と言われる世界経済不況下で派遣切りに代表される労働問題や様々な社会不安が生じている現下において、無作為抽出の国民に被告人の運命を委ねるのが、時期的にも本当に適切なのだろうか?

いくら極悪人でもガイドラインをみながら死刑を宣告されては死ぬに死ねないのではないか?


まー、それもこれも『失われた15年』の間に国の骨格が大きく変えられてきたことに何の関心もよせず、ひたすら仕事人間を演じてきた小生のようなぐーたらおやじひとりひとりの責に帰す話なのかもしれない。。(閑話 m(>д<・.)m 閑話)


■関連情報
 ▼裁判所Webサイト
 ▼裁判員制度Webサイト
 ▼トリンプ「裁判員制度ブラ」このてんびんは何を量るのやら?

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2009年05月16日

日本10年ぶりCPU世界最速奪還

週末土曜終日曇り

民主党党首選挙が先ほど終わり20数票の差で鳩山氏が勝利し新党首に選ばれたようですね。岡田氏の清廉さと党首選に賭ける気力・想いは充分伝わってきた。チャンスではあったが、こういった若手の人材は一つ先に温存しておく方が良いのではないか。新党首=新総理のような雰囲気が満ちていたが、政権交代にはまだまだ血みどろな争いが待っているだろう。過去の大きな政治の変わり目は、先頭を走った者より二番手三番手の者の方が結果において大きな事をなしとげる可能性が高い。いずれ出番は巡ってくるからあせらず破れてこそ実力を蓄え更に大きくなって日本の明日を担って頂きたいものだ。。



ところで、


今週、久しぶりにビッグサイトに行ってきた。

Big site_1.jpgIT関連の総合展示EXPが開催されたので、初日の午後に基調講演を一本聴いて後は、ブースを回って展示製品を見てきた。新しいリクルートスーツの若者から50代から60代かと思われる年配の方まで不況にも係らず会場は大勢の人であふれていた。中でもブースの前を通る見学者を呼び止め呼び込まんと活躍するキャンペーンガールは底抜けに明るく元気でよかった。ついついおやじも目が奪われがち??

いずこも設備投資が厳しい中、企業ITの様々な面での強化・拡充に情報を求めて集まったEXP参加者を見ていると『松柏は寒きに盛んなり』という言葉をふと思い出した。どっこい日本企業は生き抜きまっせ!と参加者一人一人が背中で語っているような感じがした。



そんな次の日、

もう一つビッグニュースが流れた。

富士通が世界最速のCPU開発に成功ぴかぴか(新しい)
10年ぶり トップ奪還

経済不況の重苦しさを払拭するかの久々の朗報だ。
日本メーカーが世界最速を達成するのは同じ富士通が1999年にトップとなって以来、実に10年ぶりだそうだ。
世界一となったCPUは、《開発コードネーム『ビーナス』こと「SPARC64 VIIIfx」がそれで、浮動小数点演算処理速度は128GFLOPS。45nmプロセスで生産され、約2cm角のダイ上に集積しているコア数を、従来の4つから8つへと増やすことで高速化を実現。メモリおよびメルモリコントローラも1チップに集積されている。
富士通によると、現行のIntel製CPUの約2.5倍の高速演算を可能としながらも、消費電力は3分の1に抑えたという。同社が2008年に出荷したSPARC64 VIIに比べても約3倍の相対性能を発揮する。》とのこと。


やじうまおやじよろしくヤッタね!と思っていると、翌日の新聞にはNECが国策の次世代スーパーコンピュータ開発から撤退するニュースが流れた。

NECは14日、《政府主導で神戸市に設置予定の次世代スーパーコンピューターの開発計画について、製造段階での参加を見送ると発表した。今後の費用負担は100億円を超えると想定され、業績が急速に悪化している中で開発を続けるのは難しいと判断した。NECに協力してきた日立製作所も参加を中止する。》と発表。


せっかく、富士通に喜ばせてもらったと思ったら、相棒のNECはあえなくタオル投入
一茶に借りれば『めでたさも中位なりおらが春』かな??


《この『次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト』は、文部科学省PJとして2006年9月に理研が概念設計を開始し、2007年4月にシステム構成案をとりまとめまていた。その後、総合科学技術会議による評価終了を受け、理研がシステム構成を決定した。開発は理研と富士通、NEC、日立3社により共同で実施されていた。

システム構成の概要によれば、先端技術を使い、スカラ部とベクトル部から構成される複合汎用システムにより、『LINPACK性能10ペタフロップスの達成のみならず、アプリケーションの実行においても世界最高性能』を目指している。複雑系問題、多階層問題などシミュレーションの革新を先導する計算環境を提供、次々世代以降の開発と利用を見据え、日本の国際競争力を牽引するコンピュータとなることを目的としている。》

なお、次世代スーパーコンピュータの性能は、スパコン・トップ500(07年6月版)による世界最速コンピュータであるアメリカのローレンスリバモア国立研究所にある「BlueGene/L」で、280.6テラフロップスに対して35倍の性能を持つマシンとなる。1年半後のトップ500(08年11月版)によれば最速コンピュータDOE/NNSA/LANLのIBMスパコンは1年半の間に1105.0テラフロップスにまで性能アップしており、その差は詰まってきている。


富士通に笑い、NECに泣く。
ホンダはF1参加費500億が、NECは次世代スパコン開発100億が捻出維持できないという。まるで喜びも悲しみも幾歳月。世界同時経済不況による企業の業績悪化は様々な形で影を落としている。国策より一企業の生き残りの方が優先も致し方ないと思うが、しかし、ここまで進めてきたPJなら、なんとか当初の富士通・NEC・日立3社体制を維持できるような今回の補正予算措置など考えられないものか?技術立国日本を標榜するならIPSにしろ次世代スパコンにしろもっと予算をつけてはどうかな??。。(閑話)


■関連情報
 ▼富士通、世界最速のSPARC64 CPU「SPARC64 VIIIfx」(PC Watch)
 ▼NEC、国策の次世代スパコン開発から撤退、「事業は継続」と強調(PC Pro)
 ▼ 次世代スーパーコンピュータ・プロジェクトへの参画形態の見直し(NEC)
 ▼次世代スーパーコンピュータ・システムの構成を見直す(NEC)
 ▼理化学研究所、次世代スパコンシステムの構成を見直し(PC Watch)
 ▼次世代スパコンPJからNEC撤退 設計大幅見直し必至に(Science Portal)
 ▼理研,富士通,NEC,日立が「世界最速コンピュータ」開発に共同着手(Code Zine)
 ▼建設中の次世代スパコン施設(NIKKEI NET Kansai)
 ▼SPARC64(TM) VIIIfx Extensions[PDF](Fujitsu )
 ▼Super Computer Site TOP 500 (2008/11)
 ▼世界一速いコンピュータ(My Blog)
 ▼世界一速いコンピュータ(2)(My Blog)


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2009年05月09日

さらば、ホンダF1

週末土曜
あけ放った南の窓から入って
くる風がここちよい昼下がり
連休モードをチューニングし
ながら月曜からのシフトチェ
ンジにそなえつつ。。


林檎の花_3.jpg



ところで


今期F1は、戦いの場をヨーロッパに移しスペインGPが行われているが、またもやブラウンGPのバトンが予選一位につけ開幕戦以来の好調さを発揮しているようだ。昨年の覇者ハミルトンを擁するマクラーレンや常勝の王者フェラーリが低迷する中、レッドブルやすべりこみで参戦したブラウンGPなどの新興勢が好調さを示す序盤戦は、波乱に富んだF1下克上的様相を呈している。

ブラウンGPバトンの好調を見て、悔しさにほぞを噛む思いをしているのが多くの熱狂的なホンダF1ファンではないか。もはやどうころんでもF1の戦いの場にホンダはいないのだ。低迷に喘ぐ昨年、全ての勝負を捨てて車体開発を優先したその成果を問うこともなく、わずか1ポンド(約147円)で譲り受けたブラウンGPが、昨年と同じバトン、バリチェロで既に3度も勝ったとなれば、エクレストンでなくとも「自分たちの開発した車体のポテンシャルさえ見分けがつかないのかホンダは?」と皮肉られても返す言葉がないだろう。戦後、一介のベンチャー企業から身をおこし世界有数の企業に成長したソニーにホンダ、いずれも何か変ロ長調を感じる昨今である。

さて、『レースがDNA』と自負するホンダ。その言葉通り過去二度のF1参戦における輝ける栄光。その卓越した技術と戦果をして多くのF1ファンを驚喜・魅了してきたホンダのパワー・オブ・ドリームス。しかし、栄光三たびと復帰宣言をした99年から10年余に及ぶ第三期F1活動は、一度もチャンピオンに輝くことなく無惨な完全撤退へ追込まれた。

F1_マネー&サイエンス_1.jpgおりしも世界経済不況は容赦なく自動車産業界も痛撃し、モータリゼーション発祥本家の米国ではGMやクライスラーの存続さえ危うくなっている。代わって盟主に座ったトヨタも大赤字。今朝の朝刊では今年度通期で8500億の赤字を見通している。ホンダも同様だろう。いきおい世界不況を切り抜け生き抜くことが至上の経営課題となることは十分理解できるが、さりとて創業者・本田宗一郎から引き継ぐ社是『モータースポーツはホンダのDNA』の下、10年にも及ぶ膨大なF1投資を重ね、明日には成果が出ると言いながら、突如一転した屈辱まみれの夜逃げ同然の撤退は何故なのか?ホンダに何がおこっているのか?F1ファンならずとも覗き見したくなるのも一般心理だろう。。


そんな折、『さらば、ホンダF1』(最強軍団はなぜ自壊したのか?:集英社)という一冊の本がその辺りの事情を詳しくルポしているようなので、連休に入ったところで読んでみた。帯に相当する部分には、『F1ファンが愛した「あのホンダ」はもはや存在しない』『おそらく天国の本田宗一郎も大粒の涙を流しているに違いない。』と書かれている。

F1_さらばホンダ_1.jpg著者の川喜田研氏は出版社でF1担当編集者、スタッフライターを勤めた後、ホンダのF1復帰に合わせ独立。以降10年、自らをF1従軍記者と称するようにF1の現場取材を通じて執筆活動を続けている専門家で且つ、個人的には根っからのホンダF1フリークのようだ。率直で容赦ないホンダ批判は、愛して止まぬ栄光のホンダF1への彼自身の悲痛なる惜別のレクイエムであり、ホンダF1を現場で追い続けた10年の決算だ。

著書は、ホンダ第三期F1について《98年3月、当時の社長が「オールホンダでのF1復帰」という新たなチャレンジを提示したにもかかわらず、ワークスチームでの参戦が一転して打ち切られると、その後は「BARとのジョイント」⇒「BARとジョーダンの2チーム体制」⇒「BARの経営陣入れ替え」⇒「BARへの一本化」⇒「BARへの45%資本参加」⇒「100%資本参加によるホンダワークス化」⇒「スーパーアグリとの2チーム体制」⇒「ロス・ブラウンへの全権委任」と、何度も体制変更を繰り返し、「再出発」を宣言するという迷走を繰り返してきた》とする過程を現場でつぶさに取材してきた豊富な情報をもとに書き下している。

F1_鈴木亜久里の挫折_1.jpg氏は《「何のためにF1を戦うのか?」という大義が曖昧で「誰が責任を持って指揮しているのか?」すら最後まで明確に見えない『マネージメントなきホンダF1』と評し、第三期F1の「旗印」であった「車体開発」や「チーム運営」を行っていくための具体的な方針も実力もなかったホンダに勝利への道筋など描けるはずがなかった》とバッサリ切り捨て、返す刀でそれもこれも《「ホンダという企業そのものの変質」即ち、二人のカリスマ亡き後ホンダ社内において長い間せめぎあっていた二つの流れのうち、結果的に本田宗一郎の流れを汲む者が敗退し「レースがDNA」などとヤクザなことを公言しなくて済む「フツーの会社」になるのだろう》と括っている。


F1を観るのと同じくらいホンダF1の不振を紐解いた内容は実に面白かった。しかし、その文脈で考えるとレースカーを290Km/hで運転する根っからの技術屋で技術部門の総指揮者でもあった社長が川喜田の指摘するマネジメントをなぜ発揮できなかったのかorしなかったのか疑問が湧いてくる。


いつだったか、ローマの物語の著者・塩野七生氏が「ホンダF1撤退判断を賞賛していた」ことを思い出す。ローマの盛衰に照らし自動車産業が今後おかれる厳しいグローバル・コンペティションを考えるなら、大尽遊びのようなF1なんぞにうつつをぬかす時勢でないでしょうと言ったか言わなかったかは?だが、ローマから現代の国、政治、企業経営などのあり方・行くべき道を帰納法的に高く説かれる立場からは、そんなふうに言ったように聞こえてくる?気がする。

会社の寿命_1.jpgもう一つ、20年前に出版された新潮文庫に『会社の寿命』(盛者必衰の理)という小さな書籍がある。ここでも明治から昭和に至る企業のトップ100を10年ごとに追うことで企業の栄枯盛衰を帰納法的に立証し『会社の寿命は30年』を導いているのだが、一節を引用すると《企業には必ず寿命がある。。。略。。。これは明治以来の産業史が証明する事実だ。限りある企業の寿命を延ばす唯一最大の方法は「変身」である。なぜならば、産業構造は時代とともに確実に変っていくからだ。。》いかに生き延びるかについて唯一最大の方法は『変身』とする。


昭和30年代当たりから栄華を謳歌してきた自動車産業も原油価格の高騰、環境問題、供給過多、購買力の低下・控え、などなど大きな曲がり角にさしかかっているのは周知のことで、今でも進んでいる業界再編統合が更に猛烈にやってきて多くの自動車メーカーの名が消えて行くのではないか。ホンダの生き残りにホンダのDNAであるレース・F1をも捨てて取り組むというのなら、それもしかりでないかと思う。

例えば、人工多能性幹細胞(IPS)のような世界に先端切った技術を保護育成しようとしないかの現政府&官僚による補正予算を見ていると、技術立国日本の先行きに暗澹となるというものだ。残された日本の将来への活力は民間の企業努力に期待せざるを得ないのかもしれない。映画「マルタのやさしい刺繍」によれば「夢みるパワー(Power of Dream)とはあきらめない心」だそうだ。内情はよく分からないが、その意味から、F1のホンダ転じた次世代技術のホンダへの変身チャレンジに星屑ブログからエールを贈ろう。。(閑話・閑話)


■関連情報
 ▼基礎から分る自動車業界再編(My Blog)



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2009年05月07日

みちのく渋滞走行記(前編)

連休も終盤へ
珍しく家の周りの片付けをしよう
と意気込んで朝から動いていると
雨になった。お天道様は小さいお
家そんなに慌てて何をすると笑っ
てぐーたらをおすすめのもよう。


林檎の花_2.jpg



ところで、


この連休は、高速料金の値下げも相まってか、高速道路はいずこも大変な混みようのようですね。私も連休中盤を利用して車で山形を訪ねてみた。会津若松までは行ったことがあるが、そこから北は初めて。同じ行くなら高速料金1000円の適用を利用しなきゃということで、5月2日未明ようよう東の空が白み始めた4時過ぎに家を出て『閑さや岩にしみ入蝉の声』で有名な山形の山寺を目指した。


環八→外環道を経由して東北自動車道に入る。川口JCTから仙台手前の村田JCTまでが314.5Km、そこで山形自動車道に分岐して山形北ICまでが41.9Km。高速の前後を入れて走行距離はおおよそ片道400km。4月はじめに初乗りした後、一度も乗ってない新車を駆ってみちのくへひとっ走り。悠々昼前には目的地に着く胸算用だったが、いやいやなんとも東北道下りの渋滞はすさまじかった。

蓮田SAを過ぎて羽生PAの手前位から早くも13Kmの渋滞情報が出始めたが、これはこの後、延々と続く渋滞地獄の序章に過ぎなかった。宇都宮、福島近辺を中心に羽生SAから国見SAまでのほぼ全域で最長50Kmの渋滞。求めた高速を走る爽快感はもろくも吹っ飛んだ。羽生PA→大谷PA→阿武隈PA→安達太郎SA→国見SAと2時間くらい走っては30分の休憩をとりながら、ひたすら数珠つなぎの渋滞走を耐える。この間約240Kmに10時間15分かかった。時速にすれば約23Km/hくらい。


白河の関_1.jpg距離にして200Km。目的地までのちょうど半ばにさしかかった11:20頃に阿武隈PAに入ると正面脇に『是よりみちのく 白河関』と記した碑と奥の細道白河の関での『卯の花をかざしに関の晴着かな』の句碑が目に止まる。渋滞で得たラッキーはこれくらいかな。芭蕉はこの関で『心もとなき日かず重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ。。』と意を決してみちのくへ歩を進めている。

白河の関_2.jpgさしずめ小生は『渋滞に心もとなき時間重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まらず』 既に阿武隈PAで正午を迎え、この先、更に渋滞走となると山寺には一体何時に着くのだろう?宿はあるかな?いっそここでUターンして今日は帰るか?また別の日に再チャレンジするか? 『渋滞に行くか帰るか心惑うや白河の関』である。


白河の関_3.jpg白河の関は蝦夷に対する防衛拠点として五世紀に設けられた古代の関だそうで、俳句などでは白河が奥州の入り口に当たる歌枕となっている。移動手段が徒歩であった古代の歌人は『都をば霞と共に立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関』『都にはまだ青葉にて見しかども紅葉散りしく白河の関』などと季節のうつろいをこの関で詠んでいる。多くの古歌を踏まえたとされる芭蕉の紀行文にも紅葉が出てているが、これが明治になると大きく変わってくる。

明治に東北を旅した子規の『はて知らずの記』によれば、

《常陸の山脈東南より来り岩代の峰西北に蟠る。那須野次第に狭うして両脈峰尾相接する処之を白河の関とす。昔は一夫道に当りて万卒を防ぐ無上の要害奥羽の喉元なりしかとや。車勢梢緩く山を上るにこのあたりこそは白河の関なりけめと独り思うふものから山々の青葉風涼しくて更に紅葉すべきけしきにもあらず。能因はまだ窓の穴に首さし出す頃なるをきのふ都をたちてけふ此処を越ゆるも思へば汽車は風流の罪人なり。》と記されているらしい。 

汽車見る見る 山をのぼるや 青嵐
みちのくへ 涼みに行くや 下駄はいて
その人の 足あとふめば 風薫る


『汽車は風流の罪人』なら、現代の新幹線や高速を走る車は何と例えればよいのか?更に高速に移動する手段を手にした現代人は 時空を駈けるがごとく短い旅を数多くできるようになった。これ日常と異なる趣きをもとめてのことと思えば『高速な乗物は風流もどきの演出者』とでも言えようか?? m(>д<・.)m (無理はやめて駄洒落をひとつ)


みちのくへ 走りに行くや 新車駆り


さて、目的地の山寺であるが、今日は時間がない。
後日、みちのく渋滞走行記(後編)として書くことにしよう。。(閑話・閑話)



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