2019年04月30日

映画 ボヘミアン・ラプソディー

連休の初日を利用して話題の「ボヘミアン
・ラプソディー」
を観た。3月にクリント
・イーストウッドの 「運び屋」を観た時
どちらにするか迷ったのだが、少し廻り道
をして、なんとか平成の最後に滑り込んだ。


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廻り道とは他でもない音楽をテーマにした
二本の映画「 セッション」と「 ハートビ
ート
」鑑賞である。前者はドラム、後者は
バイオリンとダンスがモチーフだが、それ
ぞれ観客の感性を爪引き感動の振幅を最大
化するにたる秀作であった。
    
    
それはさておき「ボヘミアン・ラプソディ
ー」
の素晴らしさとはなんであったろうか?


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この映画を三度観たと言う人がいたが分か
る気がする。私も最後のウェンブリースタ
ディアムを沸かしたライブエイドの熱唱は
四回も繰り返して観た。劇場と違ってPC
で観るネット映画はこれが得意なのだ。
  
  
 ママー...
    
ボヘミアン・ラプソディーがすすむと、
     

 もう手遅れだ 最後の時が来た
 背筋が凍えて 体の痛みが消えない
 さよなら みんな もう行かなくては

      

と歌う。クイーンとして活動を始めた5年
後の1975年(29歳)の時点で自分の波乱
にとむ悲劇的な生涯を正確に暗示した歌詞
を書いていることに驚く。
いずれ破滅する自己の行く末が見通せた天
才の目は狂おしい狂想曲を書かせたのだろ
うか。

それでも、フレディの魂は叫ぶ。       
 
 俺は死にたくない … と
    
    
その魂の懊悩が克服されるのは、更に2年
後の1977年(31歳)に発表された「We
are the champions」
においてである。
       

 幾度となく苦しい思いをして来た
 屈辱も受けたがすべて乗り越えてきた

 俺たちは 勝者だ 友よ
 俺たちは 最後まで戦い続ける
 俺たちは チャンピオン

     
     
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自己にも、恵まれない人々にも戦いの先の
勝利を目指して最後まで戦い抜こうと力強
くメッセージする。吹っ切れた歌詞が全て
の救いとなる。ここに、
フレディのラプソディーは万人の狂詩とな
り、Championsは救いとなったのである。


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20歳の後半に作った二曲がクィーンを育
て、クィーンをクィーンたらしめる代表作
となり、更に後世に残る不滅の名曲となっ
たのである。...(駄話・閑話)




■関連情報
 ▼映画:ボヘミアン・ラプソディ(オフィシャル・サイト)
 ▼ボヘミアン・ラプソディ(映画)(Wikipedia)
 ▼映画:セッション(オフィシャル・サイト)
 ▼映画:ハート・ビート(オフィシャル・サイト)



  
  
  
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2019年04月10日

清明(せいめい)

清明は、春分から数えて15日目頃。新暦で言えば4月5日頃。春先の清らかで生き生きとした様子を表した「清浄明潔」の略語とされる。
     
「万物ここに至って皆潔斎(けっさい)なり」と称されるように、地上では新緑が次々と芽吹き、花が開花し、燦々と降り注ぐ春の陽差しに、すべての命がきらきらと輝く季節。いわば、清明は「清明=せいめい=生命」であり、万物の生命の躍動に繋がる季節とも言える(駄洒落)。
     
それにしても、二十四節気は自然の摂理を説き、人と自然の共生を語っているように思える。ある意味において中国文明最大の遺産かもしれない。
まあ戯言はさておき、清明を詠んだ漢詩といえば杜牧の「清明」が有名。
     
    
清明:杜牧
      
清明时节雨纷纷, 
路上行人欲断魂。
借问酒家何处有? 
牧童遥指杏花村。
     
     
清明の時節 雨紛々、 
路上の行人 魂を断たんと欲す。
借問す 酒家は何処にか有ると、
牧童遥かに指す杏花の村。


清明_6.jpg
    
    
春の盛りの清明節のころ、こぬか雨
に降られてしまった。その雨は、道
行く旅人の心を、すっかり滅入らせ
てしまう。そんな折、出会ったのは
村の牛飼いの子供。嬉しくなって声
をかけた。「これこれ、すまんが酒
を売る店は、どこかにないかな?」
すると子供は「あっちだよ」と指差
した遥かその先に、白い杏の花が咲
く村が見える。
       
詩の情景が目に浮かんでくるようだ。
    
  
[漢語日暦(興膳宏著)清明]を改変
お許しあれ。…(閑話)(`へ´)



■関連情報
 ▼漢語日暦(岩波書店)
 ▼清明(Wikipedia)

  
  
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2019年03月16日

映画「運び屋」を観て

昨日、今話題のクリント・イーストウッド監督主演の映画「運び屋」を観た。
犯罪映画なのに観ていて心地よい映画だった。心が揺さぶられるといった凄さは感じないが、88歳で主演・監督したC.イーストウッドと言う映画人の生きざまの凄さを感じる映画だった。


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クリント・イーストウッド
30代:マカロニウエスタンでブレーク。
40代:ダーティーハリーで不動のハリウッドスターに。
50代:ダーティーハリーを主に監督業にも幅を広げる。


クリントイーストウッド_1.tiff クリントイーストウッド_3.tiff



60代:「許されざる者」でアカデミー作品賞監督賞を受賞。この映画は現在の自分をなした恩人セルジオ・レオーネ監督へのオマージュであり一方、これまでのヒロイズム的ヒーローを演じる年齢的限界を悟った俳優としての転換点となった作品と言えよう。雷鳴轟く大雨の中を馬に乗って悠然と立ち去る年老いたヒーロー姿が印象的であった。また同時にハードアクション的な内容から文学的なヒューマンものへも映画の主題の幅を広げ出した頃である。俳優としても監督としても年齢的な次の段階への転換点である。


クリントイーストウッド_6.jpg



70代:「ミリオンダラーベイビー」で2回目のアカデミー賞受賞。映画の内容に幅深みが増し、演じるより監督業にウェイトが移った。78歳で出演した「グラン・トリノ」最後の主演と言っていた。


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80代:なるほど話題作「アメリカン・スナイパー」では後継者と称するブラッドリー・クーパーを主演に据えた。2014,16,17年毎年話題作を製作していたが今回、90歳の麻薬運び屋を88歳で主演。


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この映画経歴をExcelにまとめてみた。

スクリーンショット 2019-03-15 12.43.23.jpg


最初に凄いと言ったのは、この数値に見える映画キャリアである。余人にない優れたスター性だけではこれほどの映画人生は送れない。実に見事な人生計画であり、実践であり、実りである。神が与えた天賦の才だけではなし得なかった映画人生ではないだろうか。その意味で、私的にはボブ・ディラン同等にノーベル文学賞をもらってもいいのではないか(ディランの初期の社会的メッセージ性よりイーストウッドの映画人生の方が社会的価値が高いのではないだろうか?^_−☆)と思うが如何に?いずれにしろ実に見事な人生だと思う。


クリントイーストウッド_5.tiff
   


エンドロールに流れた曲のメッセージは「決して老いを迎えに行ってはいけない」であった。この意味は「これが終わりではない」ではないだろうか。彼がこれまで裏切ることがあったとすれば、それは「これが最後」と言う言葉だ。人々は「運び屋」が彼の映画人生の総集編だと言うが、刑期を終えて出獄した90歳代にもう一度C.イーストウッドの総集編があっても良いと思う。期待したい。...(閑話)



■関連情報
 ▼クリント・イーストウッド(Wikipedia)
 ▼映画:運び屋(The MULE)(公式サイト)

  
  
  
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2019年03月15日

季語で追う「春の気まぐれ」

春という季節はまことに落ち着かない。
啓蟄を過ぎ暖かな日差しに早咲き桜が花開いたと思えば、一転して小雨に包まれ冬の寒さが戻ってきたりと。。少し荷が重たいのだが「春の気まぐれ」季語で追ってみる。


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 俳句で言う春は、2月4日頃の立春から5月6日頃の立夏の前日までの約3ヶ月間である。立春の前後はまだまだ冬の寒さが残り「春は名のみの」候である。しかし、地面には草の芽が萌え出し、どことなく春の感じが漂い始める。『春浅し(はるあさし)』はこの頃を詠む季語である。
  
  
   春浅き 水を渡るや 鷺一つ   河東碧梧桐
  
  
 2月も中旬になると、冬型の気圧配置が弱まり、太平洋から東風が吹く。昔の人はこれを『東風(こち)』と呼んで、春をもたらす風として喜んだ。この風が吹くと梅が咲き、コブシが咲く。
  
   
    東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花
      主なしとて 春な忘れそ  菅原道真


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 更にもう少し経つと、今度は台湾付近で発達した低気圧が強い南風を伴って日本列島を北上し『春嵐』を起こす。この南風の最初のものが『春一番(はるいちばん)』である。また、春一番も含めて二月中旬から三月始めの強風を『春疾風(はるはやて)』と言う。
  
   
   春一番 武蔵野の池 波あげて  水原秋櫻子
  
   
 この頃になると、まだまだ寒さが残っているが、あたりの雰囲気が何となく春らしくなって来たという感じを受ける。これを『春めく』と表す。「春めく」は「春浅し」より少し遅く、二月中旬から三月初旬あたりの季語である。
  

   春めくや 薮ありて雪ありて雪  小林一茶
  
   
 3月になると低気圧と高気圧がひんぱんに入れ替わり、日本列島は気象的には不安定な状態になり、4月まで晴、曇り、雨、大風が繰り返される。寒い日が3日続くと、暖かい日が4日続くという、いわゆる『三寒四温』の状態になる。ただ季語としては『三寒四温』は冬の季語である。
  
 そういった不安定な状態の中で、東や南から吹き込む風がおさまった時などに、局地的に生じる小低気圧に伴って降る雨を『春雨(はるさめ)』と言う。本来『春雨』は晩春に限り、花や木の芽をはぐくむようにしとしとと降る、独特の情趣を持つ雨であり、それ以外の春3カ月を通じて見られる雨は『春の雨』と区別されたが、現代においては明確でない。
  
   
   春雨や 蓬をのばす 草の道   松尾芭蕉
   捨て鍬の 次第に濡れて 春の雨 山口青邨
  
    
 また3月中旬から4月初めにかけてしとしとと雨が降り続くこともある。これは『春の長雨/菜種梅雨』とか『春霖』と呼ばれる。
  
    
 やがて、四月に入って日本列島が移動性高気圧におおわれ、うららかな春日を喜んでいる頃、中国北西部には猛烈な低気圧が発生し、強風が土砂を天高く舞い上げる。これが『黄沙』であり、日本上空にも飛んで来る。
  
   
   真円き 夕日霾 なかに落つ   中村汀女
  
   
 このように春という季節はまことに落着かない。せっかく暖かくなったと思えば、急に冬の気候に逆戻りする。待ちに待った桜が咲いたら、強風が花を吹き散らしてしまう。気まぐれな春に振り回されそうだが、人々は厳しい冬をなんとか無事にやり過ごし、花の季節を迎えた喜びは大きく、俳句ではこの「待ちかねた」という感じを詠んだり、春の上天気を素直に寿ぐものが多い。
  
  
 少し雨や風の話が強くなったが、俳句で『花』と言えば桜の花を指すことになっている。春は桜。その見事な咲きぶり、そして散り際の美しさ・潔さは日本人の心をとらえて離さない。芭蕉の句を添える。…(閑話)
  
   
   花の雲 鐘は上野か 浅草か    松尾芭蕉
   さまざまの事 おもひ出す 櫻かな 松尾芭蕉
   花見に とさす船遅し 柳原    松尾芭蕉
   桜狩り 奇特や日々に 五里六里  松尾芭蕉
  
  

■関連情報
 ▼水牛歳時記(大澤水牛)(公式サイト)
     
       

  
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2019年01月04日

初詣(深大寺)

山ほどの 願い叶えや 初詣
   
箱根駅伝も勝負がついた頃

我が家では二回目の初詣に

深大寺へ詣でます。
 

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一回目は文字通り年が明け

ようとする最中に最寄りの

真言宗医王寺で新年護摩祈

願を受けます。読経に合わ

た太鼓の響きに旧年の垢が

体から剥ぎ落とされるよう

な感覚に捉われます。ある
意味でゆく
年を振り返り来
る年を祈年
する厳粛な初詣。
    



二回目は3日にお正月の人

熱を味わいに深大寺へ初詣。
福運かき込む熊手を買い深
大寺そばを味わい植物園を
散策する。東京に出てきて
38年毎年欠かさず行って
いる初詣ルーティンです。




このルーティンには深大寺

ダルマ
の購入も含まれます。

深大寺では3月3日の「厄

除元三大師大祭」が最大の

行事でこの日に合わせて日

本三大だるま市の一つが境

内で行われ、近郊近在から

6万人余の人が集まります。
 

IMG_8632.JPG   



その派生でしょうが、私は

初詣に程よい大きさのダル

マを毎年買って祈願します。

しかし、私は開眼は入れて

も右目の成就は入れません。

決して現状に満足しないで

常に次を見るという自己流。

納得すれば人生はそこまで。

常に一歩又一歩が大切な気

がします。
  

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IMG_8649.JPG  
 

また新しい年の始まり!
新年が皆様にとって良き年

となるよう祈念します。


...(正月閑話)



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2018年08月26日

夏の風物詩

夏の風物詩とは、夏と言って連想される
もののことであり、現代人の心に日本の
夏を訴えかけているものを指す。
          
思いつくまま挙げてみると、
花火・風鈴・盆踊り|祭り・スイカ・甲子園|高校野球
・海プール・カキ氷・入道雲・浴衣・ヒマワリ・ラジオ
体操・扇風機・肝試し・うちわ扇子・金魚・麦わら帽子
・宿題・ラムネ・虫取り・蝉|蝉の鳴声、などが浮かぶ。
       
朝顔もまた夏の風物詩の一つであろう。
            
ただ、朝顔は、季語で言えば秋らしい。
だからといって、朝顔を秋と感じる人
は少ないのではないだろうか。旧暦と
新暦のずれは時として奇妙な感覚のず
れを生じさせる。


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それはさておき、
季語のついでに朝顔の俳句選をみると、
二文字にかけた俳句の何と多いことか。
しかし、なぜか朝顔を詠んだ俳句には
これはというものが見受けられない。
  
      
例えば芭蕉、
朝顔は 酒盛り知らぬ 盛り哉
蕣や 是も又我が 友ならず
     
奥の細道の東北で詠んだ句の大きさ深
さに比べ小さい言葉遊びの様でもある。
     
正岡子規、
朝顔に われ恙なき あした哉
朝皃や われに写生の 心あり
     
写生の大家は加賀千代女の朝顔の句を
人口に膾炙した駄句の典型だと徹底的
に批判したそうだが、百年を経過した
今、人口に膾炙する句はどちらかとい
えば、加賀千代女だろう。朝顔の句で
この句に優るものはないのではないか?
     
    
加賀千代女、
朝顔に つるべとられて もらい水


IMG_3452.JPG夏の風物詩_朝顔3.jpg
     
       
ところで、
    
大家の朝顔の句を読んでいて、どうに
も句がイメージできないのが加藤楸邨
の以下の句である。
      
      
朝顔や 黄河の鯉の 鰭のいろ(加藤楸邨)
    
朝顔
黄河の鯉
鯉の鰭の色
分かんねー
      
楸邨が大本営報道部嘱託として中国に
渡った時か、後年シルクロードを取材
した際の作品であろうと思われるが、
句の心は何か?難解なり!

昔懐かし夏の風物詩
夏休みの宿題とする。
       
...(駄話駄話閑話悪しからず)

  
  
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2018年08月24日

心頭滅却すれば火また涼し

苦熱
夏は暑いのが当然と自分に言聞かせながら、
しかし、この夏の暑さはやはり耐えがたい。
白居易が真夏に作った詩「熱に苦しみ恒寂
師の禅室に題す」にはいう。
     
 苦热题恒寂师禅室(白居易)
 人人避暑走如狂,独有禅师不出房。
 非是禅房无热到 但能心静即身凉。
    
 熱に苦しみ恒寂師の禅室に題す
 人人暑さを避け走り狂うが如し、
 独り禅師の房を出でざる有り。
 可に是れ禅房に熱の到る無からんや、
 但だ能く心静かなれば即ち身も涼し。
    
この禅寺にだって暑さは同じようにやっ
てくるが、心が静かだと身も涼しくなる。
これぞ精神的避暑法。
     
以上「漢語日暦」8月3日を引用。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


IMG_2893.jpg
 
 
ところで、
    
   
ここで思い出すのが、「心頭滅却すれば
火また涼し
」。織田信長に追われた武田
方の人物をかくまった恵林寺住職・快川
紹喜がその引き渡しを拒んだところ、織
田勢に焼かれて亡くなる際の辞世である。
      
そして、この言葉は唐の詩人・杜荀鶴
詩を引くと言われる。なぜ白居易でなく
杜荀鶴なのだろうか?
     
そこで三者が作った詩を年代順に並べて
みると以下のようになる。
    
白居易(772年−846年)
 苦热题恒寂师禅室
 人人避暑走如狂,独有禅师不出房。
 非是禅房无热到,但能心静即身凉。
                   
杜荀鶴(846年ー904年)
 夏日题悟空上人院
 三伏闭门披一衲,兼无松竹荫房廊。
 安禅不必须山水,灭得心中火自凉。
    
快川紹喜(1502年ー1582年)
 安禅不必須山水 心頭滅却火自涼
    
三者ともに一番大事な「心頭滅却」の部
分は同じと言っても良い。
そうすると、年代的にオリジナリティは
白居易にあり、杜荀鶴には白居易を学ぶ
時間があったと考えられる。
     
しかし、約700年後の日本では白居易を
差し置いて杜荀鶴を引いているのはなぜ
かということだが、それは臨済宗におい
て尊重される公案集「碧巌録」に杜荀鶴
の詩が収録されたからではないだろうか。
これをもって杜荀鶴の「夏日题悟空上人
院」は禅宗の経典になったわけである。
    
なぜ白居易でなく杜荀鶴なのかは1125年
に「碧巌録」を編した中国宋代の禅僧・
圜悟克勤に尋ねてみる必要がありそうだ。
     
...(駄話・閑話)



  
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2018年06月20日

駅ナカ書店と文庫

昨晩は品川で完全リタイヤ
を迎えた仕事仲間の慰労会。  


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少し早めに品川に着いたの
駅ナカ書店で時間を調整。
まずは、最近動向としての
ベストセラー確認。駅ナカ
と駅ソトでは売筋が異なる
とも聞くがまずは確認から。

 
文庫分野で佐伯泰英「空也
十番勝負」
の新刊「四番勝
負・異郷のぞみし」
が2位  
にランクインしている。相
変わらず佐伯時代小説強し。


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IMG_0888.jpg

    
しかも「文庫」の分野で取
り扱われるのだから佐伯さ  
んも苦笑しきりではないか。
佐伯氏は、いくら挑んでも
「版を重ね多数の人の厳し
い目に晒され評価されやが
て文庫本に収められる作品」
を書けなかった作家だ。
    
作家として生き残る道は官
能小説か時代小説かという  
所まで追い込まれ、最後に
選択した時代小説で日の目
を見た。その代わり、自身
を職人作家と割り切り凄ま
じい勢いで佐伯時代小説を
「文庫の 書き下ろし」な
るスタイルで書きまくった。
   
それらはバブル後の日本経
済低迷に自信をなくした企
業戦士を癒すがごとく愛さ
れ読まれ、いずれのシリー
ズも爆発的な売り上げを記
録し、いつの間にか時代小
説の大家になった作家だ。
    
口の悪い書評家は低級本の
粗製乱造大家と揶揄するが、
低調な出版業界の中にあっ
て「文庫書き下ろし」なる
販促スタイルを生み出し読
者と出版社両者に大きく寄
与したと言われる。その実、
私の通勤読書の友は佐伯泰
英の密命シリーズだった。

    
そういう佐伯氏の経歴を踏
まえれば、所謂「文庫」と
いう作家にとっての一種の
勲章を断念して書く佐伯時
代小説が「文庫」というジ
ャンルに並ぶという奇妙さ
はどうしたものだろうか。
むしろ「文芸」の方が似合
っているようにも思うが?
   
もう今は形サイズが文庫本
ならなんでも文庫というの
かもしれない。専門家であ
るはずの書店でさえ「文庫」
の定義や選定根拠があいま
いになっているのかもしれ
ない?因みにbook express
のジャンルはビジネス・新
書・文芸・文庫であった。
   

さて、私はと言えば店内を
一通りウオッチングして三
冊購入。もちろん佐伯氏の
空也十番勝負に加え、先般
アマゾンで品切れだった「
未来の年表」と「未来の中 
国年表
」を合わせて購入。

「未来年表」は第2巻が発
売されていたが原点の1巻
を購入。いずれにしても楽
しい本ではないが、やはり
この国の行く末という意味
でずっと気になっていた本
だし、今後良くも悪くも更
に相互に影響度が高まるで
あろう隣国中国の未来年表
を合わせて購入した。


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IMG_E0959.JPG
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いつも本は最寄りの啓文堂
で買うので book express
の本カバーが妙に新鮮に感
じる。…(閑話)




■関連情報
 ▼佐伯泰英・密命のMyBlog総集編(MyBlog 2012/10/12)
 ▼佐伯泰英・空也十番勝負 青春篇(MyBlog 2017/1/14)
 ▼声なき蝉・空也十番勝負 読後感(MyBlog 2017/2/2)
 ▼佐伯泰英・ウェブサイト(公式サイト)
 ▼佐伯泰英・密命(公式サイト)
 ▼佐伯泰英・空也十番勝負(公式サイト)


  
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2018年02月10日

日本初の喫茶店名は可否茶館

南蛮茶館
今年初めての利用。
場所は京王線千歳烏山駅近く。
どこか名前に昭和の趣が漂う。
   

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それはさておき
   


今から130年前の1888年(明治21年)
東京下谷に開店した日本初の喫茶店
の名前は「珈琲茶館」でも「南蛮茶
館」でもなく、「可否茶館」だった
そうだ。「珈琲」でなく「可否」と
したのは、「ここで忌憚なく物事の
可否を論じ合われよ
」との意をこめ
た当て字だとされる。
   


我が国初の喫茶店は、単に珈琲を出
すだけでなく国内外の新聞や雑誌を
そろえ、知的で自由な談論風発の場
を提供する洋館だったそうだ。
たかが「珈琲」☕︎されど「可否」☕️
文明開化に目覚めた直後の日本人の
健全な意気軒昂さが見て👀とれる。
    
  

そして130年経った現在の日本人が
産み出した喫茶店はその名も世界に
轟く「メイド喫茶」である。その場
を演じる女児に眺める男児。そのお
ぞましき光景は朽ち果てようとする
日本本来の文化の表徴かもしれない。
...(閑話)



■関連情報
 ▼可否茶館とスターバックス(MyBlog 忙中閑話)
 ▼倉敷珈琲物語(公式サイト)


倉敷珈琲物語の第26話-27話に「日本で最初の喫茶店」ならびに「可否茶館-日本最初の本格的珈琲茶店」が蘊蓄深く語られています。参照させていただきました。

  
  
  
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posted by 不惑永遠 at 19:16| 東京 ☀| Comment(0) | 珈琲小話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月07日

立春大吉

立春と聞くと、昨日と変らぬ日差し
にも、かすかな春の兆しを感じるの
は、気のせいであろうか。立春過ぎ
なば春遠からじ。立春に目覚めた春
は刻一刻・日一日その兆しを増して
くることだろう。以下はネットから
選ばして頂いた著名俳人の立春の句。
    
       
雨の中に 立春大吉の 光あり  (高浜虚子)
春立つと 古き言葉の 韻よし  (後藤夜半)
春立ちて まだ九日の 野山哉  (松尾芭蕉)
春立といふより見ゆる 壁の穴  (小林一茶)
大和路や 春立つ山の 雲かすみ (飯田蛇笏)
   
注:韻は「ひびき」と読ます。
   
  
立春大吉

IMG_3525 - バージョン 2.jpg


 春立つや 表裏違わぬ 大吉哉 (へのへの
                   も
                   へ )
...(閑話)
  
  
  
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