2009年05月30日

Newsweek 映画ザ・ベスト100

週末土曜
今日も朝から霧雨がつづく
窓の外は少し明るくなって
きたようだが梅雨?もよう


若葉に雨滴_1.jpg



ところで、

最近、こんな映画をみた。。


最後の初恋/あの日の指輪を待つきみへ/殯の森/シルク/マリー/マザー・テレサ/P.S.アイ・ラブ・ユー/RED DUST/マンデラの名もなき看守/中国の植物学者の娘たち/胡同の理髪師/ミラノの霧の中で/ランジェ公爵夫人/ブーリン家の姉妹/宮廷画家ゴヤは見た/実録・連合赤軍/許されざる者/ワイアット・アープ/告発のとき/レッド・ウオリアー


『最後の初恋』では、おん歳60になるギアが頑張っている。しかし、いかにギアをしても少し無理かな。面映い。その点『あの日の指輪を待つきみへ』のほうが感動は上。『シルク』は色彩が美しい。『マンデラの名もなき看守』ではジョセフ・ファインズに久しぶりに出会った。『ブーリン家の姉妹』のヨハンソンと母親役の?トーマス・スコット?は、レッドフォードが監督主演した『モンタナの風に抱かれて』に同じく親子で出ていたような気がする。子役も今や大女優。『実録・連合赤軍』は怖いね。理想を求めるほどに理想を邪魔する者を厳しく攻撃しようとする心理。対立→内ゲバ→総括粛正→凄惨悲惨。学生運動という直接的な行動で社会を変えることを夢みた団塊世代は、今やアラウンド60にして『60歳のラブレター』。かくも時は流れたりか。。


DVDは、思い立てばビデオ屋さんに寄ってラックをさーっと眺めて、
”これっ”と感じる作品があれば借りるということを繰返している
特に前もっての情報はなし。出たとこ勝負の成行きまかせ
未だ日常を埋め尽くす仕事時間の狭間のオアシスを求め
その映画の世界をして感性が揺らげばそれでよい
当然、外れもあれば、思わぬ当りもある
自然に気ままがなによりと
唯我独尊?我道行造



とはいいつつも、

今週、二つ少し気になることがあった。


一つは、勤め先近くの大きなビル1Fの端っこにあるビデオ屋さんに昼休みの散歩がてらに入ってみた。外観の印象とは異なり中は随分広くて在庫DVDの数も多い。何より新作が目につく。いつも利用するビデオ屋さんとは新作の旬の度合いと数で明らかに違う。

The Greatest Movies 100_1.jpgもう一つは、5月の連休前に買っていたNewsweek(5/6-5/13)合併号『映画ザ・ベスト100』(厳選保存版)

《DVDやネットで幅広い作品にアクセスできるようになった今、必要なのは「本当に面白い映画」を見極める指南役。近年の超大作の隠れた魅力から不朽の名作の「落とし穴」まで、本誌ベテラン批評家が建前抜きで大胆分析。さらによりすぐりの映画評100本紹介する。》ときた。


気ままが何よりとは思うが、膨大な作品の数を思うと限られた時間の中で観れる作品はごくわずか。とんでもない偏ったマイナーな一部分だけ観ていては確かに無意味かも?選び方、見方にもバリエーションを取り入れたほうがいいのかな?などと(どうでもよいよなことだが)不惑ならぬ不不惑が生じた。。


『映画ザ・ベスト100』は、AFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)が07年に発表した『偉大なアメリカ映画ベスト100』とNewsweekにこれまで載った映画評100本から構成されている。
AFIのベスト100は1989年に初めて発表されてから10年後の2007年に監督や脚本家、批評家などの映画人1500人の投票で決められたものらしい。

誌曰く《「不朽の名作」に騙されるな。「見せ掛けの傑作」と「本当の名作」を見分けよう。というキャプションでAFI100選をいろいろ論じている。一方、自誌映画評100選は、「技あり!手加減なし 名評・酷評100」褒めるもけなすも真っ向勝負。》と意気軒昂。

市民ケーン_1.jpg《どこかに旅に出るとき、「運命」のガイドブックに出合ったことはないだろうか。 <略> ある意味、いい映画評はそんなガイドブックに似ている。手法の斬新さ、俳優の新たな魅力、メッセージ性と娯楽性のバランス。。好き嫌いとは違う、客観的で奥深い批評家の視点は、既に作品を見たファンでさえ気付かない隠れた魅力や欠点を教えてくれる。深い知識と愛情に裏打ちされた批評は、褒めていようがけなしていようが説得力をもって映画ファンの心に訴えるものだ。なぜか忘れられない、泣けるけれど後でむなしくなる。。誰もが感じる根本的な作品の力や特徴まで、分析的視点で解説してくれる。

今回、そんなとっておきの本誌映画評100本を紹介しよう。読んでみれば、新たに挑戦してみたい、もう一度見直したい作品がきっと見つかるはずだ。》


そうまで言って頂ければ、素直に従おう。。暇ではないが、上の二つの100選にアカデミー賞を加えた三つをExcelシートに転記して作品名や各選間での重複度合いなどを見てみた。

目にしている作品はほんの一部なんですね。
これで全体俯瞰とはいかないのでしょうが、それでもなにか映画の森と林と木の構成がおぼろげながら見えたような錯覚をおこしてくれただけでもNewsweek厳選保存版(450円)は、お買い得だったのかもしれない。


ちなみに、AFI選「偉大なアメリカ映画ベスト100」とNewsweek「映画評100」両方で同時に選ばれた作品は、たった3本
また、アカデミー賞受賞作が含まれる割合は、前者が26本、後者は5本
小生の鑑賞率は、AFI選100は26本、映画評100は12本、アカデミー賞は25本だった。気ままにしてはヒット率はほどほどかな??(閑話)


■関連情報
 ▼Newsweek 映画ザ・ベスト300(My Blog)



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2009年05月23日

今更だが裁判員制度って何?

今朝は珍しく4時半に目が覚めた
微睡みに再び入りこもうとするも
正直な体は早く寝入った時間だけ
もういいよと暗に命じている様な
しからばと朝刊をとりコーヒーを
入れてついでにTVとPCをつけて
新聞を開けてみる。。。



山寺焼予平衞釜_1.jpg



そうなんですね、今日21日が裁判員制度がスタートする非難ですね。。

一面トップは、新型インフルエンザの関東圏への波及記事。
その横に『裁判員制度の施行』の記事が載っている。

解説記事の見出しを拾ってみると、
曰く、『裁判員制きょう施行 国民主役の司法へ』
日弁連『社会常識の反映狙う』
最高裁『法廷の活性化目指す』
検察『被害者の声で前向きに』


本来、国民が求めた制度ならば、もっと喜ばしい歓迎の声が湧き上がってもよいのではないか? いずこも、アーあれね!とは言うが他人事のよう。関心が無い。薄い。喚起されない。腑に落ちない。。


これまで、誠実につつましく暮らしていた普通の人が裁判員になったとすると、《毎日法廷に端座させられてえんえんと公判につき合わされ、トラウマになりそうな証拠写真を見せられ、どこの誰とも知らない人と不愉快な議論をさせられ、この被告人を死刑台か刑務所に送るべきかどうかおまえの意見を言えと迫られ、そしてここで知ったことは一生誰にも話してはならない。もし話したら罰金か懲役だ》という義務を課せられることになるそうだ。


おいおい勘弁してくれよ
ただ興味で応じる話でもなかろう
それとも責任回避になるのかな?


そもそも税金から多額の報酬を出して裁判官を雇用しているのは、何の備えも無ければ、それ相応の訓練の一つも受けてない普通の人が突如、人様を裁くなんて無茶を避けるためではないのか? またそれは、人の運命を裁くという極めて厳粛な行為であるが故に、何事にも揺らがない客観性や論理的な思考能力や豊富な判例知識など身につけた高い専門性が求められる仕事ではないのか?


素人が裁判員として参加することによって、ほんとうに誤審や冤罪が減るのだろうか?


ところで、先週
たまたま古い西部劇映画ケビン・コスナー主演の『ワイアットアープ』を観たが、、

現役保安官&ガンマンを引退したアープが愛するジョージーと船でアラスカへ向っている最後の場面。。一人の若者が「あなたはアープさんではないか?」と尋ね、自分の父を群衆の縛り首要求から救った保安官事務所前でのアープと群衆の対決を父親から聞いた話として再現する下りがある。

ワイアットアープ_3.jpg両手に銃をかざしたアープは群衆に向って『それだけの銃があれば俺を殺すことは簡単だろう。しかし12人は死んでもらう。お前とお前とお前は必ず。。勇気があるなら俺と一緒にあの世に行こう』と言うのですね。名指された民衆は後ずさりして一人一人、次には全員その場を去って一件落着となる。

ワイアットアープ_2.jpgアープが守ったのは酒場のトランプゲームの諍いから相手を殺した荒くれ者の被疑者であり裁きに任せることなんですね。一時の集団心理に動かされた群衆は一人一人をとれば誠実で善良な家庭をもつ市民なのだ。銃が力をもった西部開拓無法者時代と比べるのもなんだが、民衆の本質なんてものは今も昔もあまり変りがないのでは?という気もする。その米国の陪審制は「被告が無実を主張した事件が対象となり市民が参画する」ことになっているそうだ。


模擬裁判の結果から量刑の基本的な決め方をガイドラインとして裁判員に提示してスタートせざるをえない状況は、そもそも準備不足を意味し、時期尚早を表しているのではないか。否、一般市民に論理的で客観的な判断など求めても成立するわけがないということを示しているのではないだろうか? やるなら、量刑に係らない参審制で裁判員制度の出来具合を観察しながら改善継続か廃止か様子見の期間を設けても手遅れなんてことはないだろう?


読売新聞朝刊の解説記事『基礎からわかる裁判員制度』を読むと、司法改革制度の議論が始まった時、国民の裁判参加はあくまで『付け足し』の課題であり、世論が高まっていた訳ではないと言う。声をあげていたのは産業界でしかも民事裁判の迅速化だったそうだ。それが、いつのまにか国で取り組むプロジェクトになり、更に「官から民へ」の流れの中で「国民自らが司法を支える時代」となり、刺身のツマがいつのまにか主菜になり04年5月裁判員法が成立したというのが経緯で、どう読んでも全て中途半端でいいかげんと言っている。

多数の識者が指摘する、あるいは模擬裁判でも顕在化した様々な問題について慎重な議論の上に刑事裁判のどこがどうよくなるのか、この制度がこの国の既存の法体系に調和するのか、市民の司法参画はどのような形態がよりよいのか、といったことをもっと分かりよく明確にした上で本格施行してもよいのではないか?
また、市民の参加は社会や生活の安定があってのことだろう。百年に一度と言われる世界経済不況下で派遣切りに代表される労働問題や様々な社会不安が生じている現下において、無作為抽出の国民に被告人の運命を委ねるのが、時期的にも本当に適切なのだろうか?

いくら極悪人でもガイドラインをみながら死刑を宣告されては死ぬに死ねないのではないか?


まー、それもこれも『失われた15年』の間に国の骨格が大きく変えられてきたことに何の関心もよせず、ひたすら仕事人間を演じてきた小生のようなぐーたらおやじひとりひとりの責に帰す話なのかもしれない。。(閑話 m(>д<・.)m 閑話)


■関連情報
 ▼裁判所Webサイト
 ▼裁判員制度Webサイト
 ▼トリンプ「裁判員制度ブラ」このてんびんは何を量るのやら?

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2009年05月16日

日本10年ぶりCPU世界最速奪還

週末土曜終日曇り

民主党党首選挙が先ほど終わり20数票の差で鳩山氏が勝利し新党首に選ばれたようですね。岡田氏の清廉さと党首選に賭ける気力・想いは充分伝わってきた。チャンスではあったが、こういった若手の人材は一つ先に温存しておく方が良いのではないか。新党首=新総理のような雰囲気が満ちていたが、政権交代にはまだまだ血みどろな争いが待っているだろう。過去の大きな政治の変わり目は、先頭を走った者より二番手三番手の者の方が結果において大きな事をなしとげる可能性が高い。いずれ出番は巡ってくるからあせらず破れてこそ実力を蓄え更に大きくなって日本の明日を担って頂きたいものだ。。



ところで、


今週、久しぶりにビッグサイトに行ってきた。

Big site_1.jpgIT関連の総合展示EXPが開催されたので、初日の午後に基調講演を一本聴いて後は、ブースを回って展示製品を見てきた。新しいリクルートスーツの若者から50代から60代かと思われる年配の方まで不況にも係らず会場は大勢の人であふれていた。中でもブースの前を通る見学者を呼び止め呼び込まんと活躍するキャンペーンガールは底抜けに明るく元気でよかった。ついついおやじも目が奪われがち??

いずこも設備投資が厳しい中、企業ITの様々な面での強化・拡充に情報を求めて集まったEXP参加者を見ていると『松柏は寒きに盛んなり』という言葉をふと思い出した。どっこい日本企業は生き抜きまっせ!と参加者一人一人が背中で語っているような感じがした。



そんな次の日、

もう一つビッグニュースが流れた。

富士通が世界最速のCPU開発に成功ぴかぴか(新しい)
10年ぶり トップ奪還

経済不況の重苦しさを払拭するかの久々の朗報だ。
日本メーカーが世界最速を達成するのは同じ富士通が1999年にトップとなって以来、実に10年ぶりだそうだ。
世界一となったCPUは、《開発コードネーム『ビーナス』こと「SPARC64 VIIIfx」がそれで、浮動小数点演算処理速度は128GFLOPS。45nmプロセスで生産され、約2cm角のダイ上に集積しているコア数を、従来の4つから8つへと増やすことで高速化を実現。メモリおよびメルモリコントローラも1チップに集積されている。
富士通によると、現行のIntel製CPUの約2.5倍の高速演算を可能としながらも、消費電力は3分の1に抑えたという。同社が2008年に出荷したSPARC64 VIIに比べても約3倍の相対性能を発揮する。》とのこと。


やじうまおやじよろしくヤッタね!と思っていると、翌日の新聞にはNECが国策の次世代スーパーコンピュータ開発から撤退するニュースが流れた。

NECは14日、《政府主導で神戸市に設置予定の次世代スーパーコンピューターの開発計画について、製造段階での参加を見送ると発表した。今後の費用負担は100億円を超えると想定され、業績が急速に悪化している中で開発を続けるのは難しいと判断した。NECに協力してきた日立製作所も参加を中止する。》と発表。


せっかく、富士通に喜ばせてもらったと思ったら、相棒のNECはあえなくタオル投入
一茶に借りれば『めでたさも中位なりおらが春』かな??


《この『次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト』は、文部科学省PJとして2006年9月に理研が概念設計を開始し、2007年4月にシステム構成案をとりまとめまていた。その後、総合科学技術会議による評価終了を受け、理研がシステム構成を決定した。開発は理研と富士通、NEC、日立3社により共同で実施されていた。

システム構成の概要によれば、先端技術を使い、スカラ部とベクトル部から構成される複合汎用システムにより、『LINPACK性能10ペタフロップスの達成のみならず、アプリケーションの実行においても世界最高性能』を目指している。複雑系問題、多階層問題などシミュレーションの革新を先導する計算環境を提供、次々世代以降の開発と利用を見据え、日本の国際競争力を牽引するコンピュータとなることを目的としている。》

なお、次世代スーパーコンピュータの性能は、スパコン・トップ500(07年6月版)による世界最速コンピュータであるアメリカのローレンスリバモア国立研究所にある「BlueGene/L」で、280.6テラフロップスに対して35倍の性能を持つマシンとなる。1年半後のトップ500(08年11月版)によれば最速コンピュータDOE/NNSA/LANLのIBMスパコンは1年半の間に1105.0テラフロップスにまで性能アップしており、その差は詰まってきている。


富士通に笑い、NECに泣く。
ホンダはF1参加費500億が、NECは次世代スパコン開発100億が捻出維持できないという。まるで喜びも悲しみも幾歳月。世界同時経済不況による企業の業績悪化は様々な形で影を落としている。国策より一企業の生き残りの方が優先も致し方ないと思うが、しかし、ここまで進めてきたPJなら、なんとか当初の富士通・NEC・日立3社体制を維持できるような今回の補正予算措置など考えられないものか?技術立国日本を標榜するならIPSにしろ次世代スパコンにしろもっと予算をつけてはどうかな??。。(閑話)


■関連情報
 ▼富士通、世界最速のSPARC64 CPU「SPARC64 VIIIfx」(PC Watch)
 ▼NEC、国策の次世代スパコン開発から撤退、「事業は継続」と強調(PC Pro)
 ▼ 次世代スーパーコンピュータ・プロジェクトへの参画形態の見直し(NEC)
 ▼次世代スーパーコンピュータ・システムの構成を見直す(NEC)
 ▼理化学研究所、次世代スパコンシステムの構成を見直し(PC Watch)
 ▼次世代スパコンPJからNEC撤退 設計大幅見直し必至に(Science Portal)
 ▼理研,富士通,NEC,日立が「世界最速コンピュータ」開発に共同着手(Code Zine)
 ▼建設中の次世代スパコン施設(NIKKEI NET Kansai)
 ▼SPARC64(TM) VIIIfx Extensions[PDF](Fujitsu )
 ▼Super Computer Site TOP 500 (2008/11)
 ▼世界一速いコンピュータ(My Blog)
 ▼世界一速いコンピュータ(2)(My Blog)


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2009年05月09日

さらば、ホンダF1

週末土曜
あけ放った南の窓から入って
くる風がここちよい昼下がり
連休モードをチューニングし
ながら月曜からのシフトチェ
ンジにそなえつつ。。


林檎の花_3.jpg



ところで


今期F1は、戦いの場をヨーロッパに移しスペインGPが行われているが、またもやブラウンGPのバトンが予選一位につけ開幕戦以来の好調さを発揮しているようだ。昨年の覇者ハミルトンを擁するマクラーレンや常勝の王者フェラーリが低迷する中、レッドブルやすべりこみで参戦したブラウンGPなどの新興勢が好調さを示す序盤戦は、波乱に富んだF1下克上的様相を呈している。

ブラウンGPバトンの好調を見て、悔しさにほぞを噛む思いをしているのが多くの熱狂的なホンダF1ファンではないか。もはやどうころんでもF1の戦いの場にホンダはいないのだ。低迷に喘ぐ昨年、全ての勝負を捨てて車体開発を優先したその成果を問うこともなく、わずか1ポンド(約147円)で譲り受けたブラウンGPが、昨年と同じバトン、バリチェロで既に3度も勝ったとなれば、エクレストンでなくとも「自分たちの開発した車体のポテンシャルさえ見分けがつかないのかホンダは?」と皮肉られても返す言葉がないだろう。戦後、一介のベンチャー企業から身をおこし世界有数の企業に成長したソニーにホンダ、いずれも何か変ロ長調を感じる昨今である。

さて、『レースがDNA』と自負するホンダ。その言葉通り過去二度のF1参戦における輝ける栄光。その卓越した技術と戦果をして多くのF1ファンを驚喜・魅了してきたホンダのパワー・オブ・ドリームス。しかし、栄光三たびと復帰宣言をした99年から10年余に及ぶ第三期F1活動は、一度もチャンピオンに輝くことなく無惨な完全撤退へ追込まれた。

F1_マネー&サイエンス_1.jpgおりしも世界経済不況は容赦なく自動車産業界も痛撃し、モータリゼーション発祥本家の米国ではGMやクライスラーの存続さえ危うくなっている。代わって盟主に座ったトヨタも大赤字。今朝の朝刊では今年度通期で8500億の赤字を見通している。ホンダも同様だろう。いきおい世界不況を切り抜け生き抜くことが至上の経営課題となることは十分理解できるが、さりとて創業者・本田宗一郎から引き継ぐ社是『モータースポーツはホンダのDNA』の下、10年にも及ぶ膨大なF1投資を重ね、明日には成果が出ると言いながら、突如一転した屈辱まみれの夜逃げ同然の撤退は何故なのか?ホンダに何がおこっているのか?F1ファンならずとも覗き見したくなるのも一般心理だろう。。


そんな折、『さらば、ホンダF1』(最強軍団はなぜ自壊したのか?:集英社)という一冊の本がその辺りの事情を詳しくルポしているようなので、連休に入ったところで読んでみた。帯に相当する部分には、『F1ファンが愛した「あのホンダ」はもはや存在しない』『おそらく天国の本田宗一郎も大粒の涙を流しているに違いない。』と書かれている。

F1_さらばホンダ_1.jpg著者の川喜田研氏は出版社でF1担当編集者、スタッフライターを勤めた後、ホンダのF1復帰に合わせ独立。以降10年、自らをF1従軍記者と称するようにF1の現場取材を通じて執筆活動を続けている専門家で且つ、個人的には根っからのホンダF1フリークのようだ。率直で容赦ないホンダ批判は、愛して止まぬ栄光のホンダF1への彼自身の悲痛なる惜別のレクイエムであり、ホンダF1を現場で追い続けた10年の決算だ。

著書は、ホンダ第三期F1について《98年3月、当時の社長が「オールホンダでのF1復帰」という新たなチャレンジを提示したにもかかわらず、ワークスチームでの参戦が一転して打ち切られると、その後は「BARとのジョイント」⇒「BARとジョーダンの2チーム体制」⇒「BARの経営陣入れ替え」⇒「BARへの一本化」⇒「BARへの45%資本参加」⇒「100%資本参加によるホンダワークス化」⇒「スーパーアグリとの2チーム体制」⇒「ロス・ブラウンへの全権委任」と、何度も体制変更を繰り返し、「再出発」を宣言するという迷走を繰り返してきた》とする過程を現場でつぶさに取材してきた豊富な情報をもとに書き下している。

F1_鈴木亜久里の挫折_1.jpg氏は《「何のためにF1を戦うのか?」という大義が曖昧で「誰が責任を持って指揮しているのか?」すら最後まで明確に見えない『マネージメントなきホンダF1』と評し、第三期F1の「旗印」であった「車体開発」や「チーム運営」を行っていくための具体的な方針も実力もなかったホンダに勝利への道筋など描けるはずがなかった》とバッサリ切り捨て、返す刀でそれもこれも《「ホンダという企業そのものの変質」即ち、二人のカリスマ亡き後ホンダ社内において長い間せめぎあっていた二つの流れのうち、結果的に本田宗一郎の流れを汲む者が敗退し「レースがDNA」などとヤクザなことを公言しなくて済む「フツーの会社」になるのだろう》と括っている。


F1を観るのと同じくらいホンダF1の不振を紐解いた内容は実に面白かった。しかし、その文脈で考えるとレースカーを290Km/hで運転する根っからの技術屋で技術部門の総指揮者でもあった社長が川喜田の指摘するマネジメントをなぜ発揮できなかったのかorしなかったのか疑問が湧いてくる。


いつだったか、ローマの物語の著者・塩野七生氏が「ホンダF1撤退判断を賞賛していた」ことを思い出す。ローマの盛衰に照らし自動車産業が今後おかれる厳しいグローバル・コンペティションを考えるなら、大尽遊びのようなF1なんぞにうつつをぬかす時勢でないでしょうと言ったか言わなかったかは?だが、ローマから現代の国、政治、企業経営などのあり方・行くべき道を帰納法的に高く説かれる立場からは、そんなふうに言ったように聞こえてくる?気がする。

会社の寿命_1.jpgもう一つ、20年前に出版された新潮文庫に『会社の寿命』(盛者必衰の理)という小さな書籍がある。ここでも明治から昭和に至る企業のトップ100を10年ごとに追うことで企業の栄枯盛衰を帰納法的に立証し『会社の寿命は30年』を導いているのだが、一節を引用すると《企業には必ず寿命がある。。。略。。。これは明治以来の産業史が証明する事実だ。限りある企業の寿命を延ばす唯一最大の方法は「変身」である。なぜならば、産業構造は時代とともに確実に変っていくからだ。。》いかに生き延びるかについて唯一最大の方法は『変身』とする。


昭和30年代当たりから栄華を謳歌してきた自動車産業も原油価格の高騰、環境問題、供給過多、購買力の低下・控え、などなど大きな曲がり角にさしかかっているのは周知のことで、今でも進んでいる業界再編統合が更に猛烈にやってきて多くの自動車メーカーの名が消えて行くのではないか。ホンダの生き残りにホンダのDNAであるレース・F1をも捨てて取り組むというのなら、それもしかりでないかと思う。

例えば、人工多能性幹細胞(IPS)のような世界に先端切った技術を保護育成しようとしないかの現政府&官僚による補正予算を見ていると、技術立国日本の先行きに暗澹となるというものだ。残された日本の将来への活力は民間の企業努力に期待せざるを得ないのかもしれない。映画「マルタのやさしい刺繍」によれば「夢みるパワー(Power of Dream)とはあきらめない心」だそうだ。内情はよく分からないが、その意味から、F1のホンダ転じた次世代技術のホンダへの変身チャレンジに星屑ブログからエールを贈ろう。。(閑話・閑話)


■関連情報
 ▼基礎から分る自動車業界再編(My Blog)



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posted by 不惑永遠 at 18:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自動車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月07日

みちのく渋滞走行記(前編)

連休も終盤へ
珍しく家の周りの片付けをしよう
と意気込んで朝から動いていると
雨になった。お天道様は小さいお
家そんなに慌てて何をすると笑っ
てぐーたらをおすすめのもよう。


林檎の花_2.jpg



ところで、


この連休は、高速料金の値下げも相まってか、高速道路はいずこも大変な混みようのようですね。私も連休中盤を利用して車で山形を訪ねてみた。会津若松までは行ったことがあるが、そこから北は初めて。同じ行くなら高速料金1000円の適用を利用しなきゃということで、5月2日未明ようよう東の空が白み始めた4時過ぎに家を出て『閑さや岩にしみ入蝉の声』で有名な山形の山寺を目指した。


環八→外環道を経由して東北自動車道に入る。川口JCTから仙台手前の村田JCTまでが314.5Km、そこで山形自動車道に分岐して山形北ICまでが41.9Km。高速の前後を入れて走行距離はおおよそ片道400km。4月はじめに初乗りした後、一度も乗ってない新車を駆ってみちのくへひとっ走り。悠々昼前には目的地に着く胸算用だったが、いやいやなんとも東北道下りの渋滞はすさまじかった。

蓮田SAを過ぎて羽生PAの手前位から早くも13Kmの渋滞情報が出始めたが、これはこの後、延々と続く渋滞地獄の序章に過ぎなかった。宇都宮、福島近辺を中心に羽生SAから国見SAまでのほぼ全域で最長50Kmの渋滞。求めた高速を走る爽快感はもろくも吹っ飛んだ。羽生PA→大谷PA→阿武隈PA→安達太郎SA→国見SAと2時間くらい走っては30分の休憩をとりながら、ひたすら数珠つなぎの渋滞走を耐える。この間約240Kmに10時間15分かかった。時速にすれば約23Km/hくらい。


白河の関_1.jpg距離にして200Km。目的地までのちょうど半ばにさしかかった11:20頃に阿武隈PAに入ると正面脇に『是よりみちのく 白河関』と記した碑と奥の細道白河の関での『卯の花をかざしに関の晴着かな』の句碑が目に止まる。渋滞で得たラッキーはこれくらいかな。芭蕉はこの関で『心もとなき日かず重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まりぬ。。』と意を決してみちのくへ歩を進めている。

白河の関_2.jpgさしずめ小生は『渋滞に心もとなき時間重なるままに、白河の関にかかりて旅心定まらず』 既に阿武隈PAで正午を迎え、この先、更に渋滞走となると山寺には一体何時に着くのだろう?宿はあるかな?いっそここでUターンして今日は帰るか?また別の日に再チャレンジするか? 『渋滞に行くか帰るか心惑うや白河の関』である。


白河の関_3.jpg白河の関は蝦夷に対する防衛拠点として五世紀に設けられた古代の関だそうで、俳句などでは白河が奥州の入り口に当たる歌枕となっている。移動手段が徒歩であった古代の歌人は『都をば霞と共に立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関』『都にはまだ青葉にて見しかども紅葉散りしく白河の関』などと季節のうつろいをこの関で詠んでいる。多くの古歌を踏まえたとされる芭蕉の紀行文にも紅葉が出てているが、これが明治になると大きく変わってくる。

明治に東北を旅した子規の『はて知らずの記』によれば、

《常陸の山脈東南より来り岩代の峰西北に蟠る。那須野次第に狭うして両脈峰尾相接する処之を白河の関とす。昔は一夫道に当りて万卒を防ぐ無上の要害奥羽の喉元なりしかとや。車勢梢緩く山を上るにこのあたりこそは白河の関なりけめと独り思うふものから山々の青葉風涼しくて更に紅葉すべきけしきにもあらず。能因はまだ窓の穴に首さし出す頃なるをきのふ都をたちてけふ此処を越ゆるも思へば汽車は風流の罪人なり。》と記されているらしい。 

汽車見る見る 山をのぼるや 青嵐
みちのくへ 涼みに行くや 下駄はいて
その人の 足あとふめば 風薫る


『汽車は風流の罪人』なら、現代の新幹線や高速を走る車は何と例えればよいのか?更に高速に移動する手段を手にした現代人は 時空を駈けるがごとく短い旅を数多くできるようになった。これ日常と異なる趣きをもとめてのことと思えば『高速な乗物は風流もどきの演出者』とでも言えようか?? m(>д<・.)m (無理はやめて駄洒落をひとつ)


みちのくへ 走りに行くや 新車駆り


さて、目的地の山寺であるが、今日は時間がない。
後日、みちのく渋滞走行記(後編)として書くことにしよう。。(閑話・閑話)



■関連情報
 ▼みちのく渋滞走行記(後編)→ 山寺を写真中心で纏めています、



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posted by 不惑永遠 at 03:33| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行・紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする