2017年06月15日

ルマン優勝なるかトヨタの挑戦

今年もルマン24時間耐久レ
ース
があと三日に迫ってきた。
 
ご存知の方も多いと思うが、
昨年の幕切れは優勝を狙った
トヨタにとって余りにも残酷
な幕切れとなった。サルトサ
ーキットにいた誰もがトヨタ
の優勝を確信したレース終了
3分前に突然 ”No Power” の
悲痛な無線連絡を残しコース
上に止まった5号車。。。
 

du Mans_20016.jpg


二位を走っていたポルシェが
無情にもその横を駆け抜けて
行く。ハイブリッドでの優勝
を狙い2013年に再度ルマンに
復帰したトヨタの悲願がする
りとこぼれ落ちた瞬間だった。
   

余りにも劇的な幕切れにトヨ
タの社長は直後に関係者全員
への労いと次回を期す旨のメ
ッセージを出し、一方、勝利
が転がり込んだポルシェは喜
びを抑えトヨタの健闘に対し
Gained our respect forever.
LEMANS24
”を贈った。
  
 
レースの見所が全て凝縮され
た昨年のレースは84回の開催
を誇るルマン屈指の名勝負に
なったと言われる。
  
  
そして、1年。
 
  
負け嫌い”を合言葉に万全の
準備を積んできたトヨタ。勝
てば1991年にロータリーエン
ジンで総合優勝を果したマツ
ダ以来の日本勢優勝となる。

ルマン_トヨタ-6.jpg

ハイブリッドでルマンを目指
すと宣言した2008年から苦節
10年である。


ルマン_トヨタ-2.jpg
ルマン_トヨタ-3.jpg
ルマン_トヨタ-5.jpg
ルマン_トヨタ-4.jpg
ルマン_トヨタ-1.jpg
 (2017ルマン予選)
  
 
それにしても、最高の技術の
結晶と言ってもよいロータリ
ーエンジンとハイブリッドエ
ンジンをしてルマン85回の
うち2回だけ優勝とは如何に
も技術の日本らしい。(閑話)
    ↑
(希望的フライイングです^_^)
   


▪️関連情報
 ▼GR TOYOTA GAZOO Racing(公式サイト)
 ▼ハイブリッドでルマンを目指す(My Blog)




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2017年06月12日

深大寺と芭蕉と西施

一段と緑が増した深大寺


IMG_7902.JPG

IMG_7903.JPG

  

一昨日は金曜日だったが深大寺一帯を散策する人
で溢れていた。突然聞こえる大声がどうにも理解
できない外国語であったりして、静寂の森ににも
多様化の波が押し寄せているようだ。


IMG_7720.JPG

   
     
ところで、

     
深大寺の境内には15余りの句碑が立っているそ
うだが、その所在はほとんど知られていなようだ。
私も本堂脇の高浜虚子の句碑はよく知っているが
その実、それ以外の存在は知らない。
   

一昨日は、普段通らない裏道沿いで、そんな句碑
の一つと思わしき「西施を詠んだ芭蕉の句碑」に
出会わした。
   

通りすがりに何気なく見た限りでは何物か分から
ない。足を止めて注視すると芭蕉の「」の字と
西施」だけが何とか読み取れる。しかし、特に
人目を惹くものでもなく「芭蕉と西施がなぜ深大
寺に?
」と一瞬の疑問が湧かなければ、それでお
終いだったろう。
  
IMG_7870.JPG

句碑:『象潟や阿免尓西施が合歓能花』(芭蕉)
『象潟や雨に西施がねむの花』
  
  
調布図書館によれば、その由来はかくの如し。。
近年、秋田県象潟港で,延命地蔵の線刻された大
石が,発見されました。慈恵大師と判明し,大師
ゆかりの寺ということで,この深大寺に贈られて
きました。寺ではすぐに小祠を建てお祀しました。
発見された場所が象潟でしたので,象潟といえば
すぐ思い起こされるこの句が,小祠への誘い役と
して小祠への入口に建てられたものです。
  

注@象潟:芭蕉が訪れた頃はまだ地震による隆起
がなく「江の縦横、一里ばかり、おもかげ松島に
かよひて、また異なり。松島は、わらふがごとく、
象潟はうらむがごとし。さびしさに、かなしびを
くわえて、地勢、魂をなやますに似たり。」と奥
の細道に記している。
A芭蕉象潟と言えば『象潟や雨に西施がねむの花』
B慈恵大師:天台宗中興の祖。慈恵大師を祀る全
国の主な寺院11寺に深大寺が含まれる。
C深大寺:天台宗別格本山。天平5年(733年)〜現在
(2,017年)、深大寺だるま市は日本三大だるま市の
一つ。隣接する植物園は元寺領地。
  

[深大寺と芭蕉と西施]
西施(中国4大美人・傾城・沈魚美人:BC5C末)
中国古代四大美女_西施_1.jpg

芭蕉(寛永21年(1644年)〜元禄7年(1694年)

芭蕉奥の細道・象潟の句(元禄2年6月(1689年)
『象潟や 雨に西施が ねむの花』
『象潟や阿免尓西施が合歓能花』←(句碑)

新潟県象潟港で延命地蔵発見(近年)
その地蔵が慈恵大師由来と判明

新潟県より深大寺へ寄進

深大寺では小祠を建てお祀り

芭蕉象潟の句碑
その際、小祠への誘い役として、小祠への入口に
象潟に因んだ芭蕉の句を句碑として建てた。
(結びつけは象潟・慈恵大師で芭蕉句は後付け)

芭蕉句碑を発見(2017年6月9日)



西施の深大寺伝来を遡れば、悠久2,500年の歳月
が流れている。芭蕉が雨に濡れた象潟の合歓の花
に西施の憂い顔を偲ぶもまたおもしろい。。。
(閑話)
   
  
IMG_7726.JPG

IMG_7879.JPG

春惜しむ 深大寺そば 一すすり(皆吉爽雨)




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2017年06月08日

武士の一分と官僚の一分

最近、
某前事務次官の
発言がマスコミ
を賑わし初めて
からずっと気に
なっている映画
がある。
  

武士の一分_4.jpg 10年くらい前に見た山田洋次監督・木村拓哉主演の映画『武士の一分』である。この映画は藤沢周平の時代小説「隠し剣秋風抄」に収録された「盲目剣谺返し」を原作とする山田洋次監督による『たそがれ清兵衛』『隠し剣 鬼の爪』に続く時代劇三部作の完結作である。木村拓哉が主演したこともあり記録的な大ヒットとなった作品である。
   
 
あらすじを手短に書くとこんな感じである。
   
 
武士の一分_1.jpg 東北小藩のお毒見役を任じていた下級武士の主人公(木村拓哉)は、不慮の事故が元で盲目になる。この不幸につけ込み美人で評判の高い主人公の妻を欺き騙し凌辱する上司。事の成り行きを知った主人公は最愛の妻を即時離婚し、上司への復讐に立ち上がる。相手は江戸修行の免許皆伝。己は盲目。戦う前に勝負は見えているようなものだが、それでも剣術の稽古に精を出し、盲目になって失っていた己の感覚を研ぎ澄ませた上で、『武士の一 分』を持って上司に決闘を挑む。「死ぬことを覚悟でこそ生きる術がある=必死」の死地で得た一瞬の間で勝った主人公だが、片手を失った瀕死の相手にトドメを刺さない。ある意味で不条理に包まれ清貧を生きる下級武士の復讐劇であり、崩壊した家庭も修復されるハッピーエンドな物語と言えなくもない。
    
    

山田洋次監督はこの映画に三人の武士の「一分」を描いている。
    
一人は、主人公。
二人目は、妻を凌辱した上司。
三人目は、お毒見役の責任者である。
   
主人公は、死を覚悟して決闘に臨み己の一分を全うした。
決闘の相手は、後日、残った右手で自刃し己の一分を守った。
お毒見役の上司は、自らの切腹を通して職務の責任をとった。
    
   
藤沢周平の原作では、仇は一刀両断に絶命しているが、山田洋次監督は自省の機会を与えた後に、自らの切腹を通して人としての一分を守らせている。
侍が命をかけて守らなければならない名誉や面目
三人それぞれの『武士の一分』である。
   
   
さて、ここで問題だが、山田洋次監督が世に問うたものは何であったか?
武士の時代がはるか遠くなった現代に、腹を切って責任を取れと言っているのではなかろう。それは、すこし横に置いておいて、、
   
 

コカコーラ広告_侍2.jpg この人物の言動を一つ一つ見ていると、真に潔さのない人間だと思わずにはいられない。事務方の最高位まで上り詰めた人間がこのような振る舞いをするようでは日本も救いがないのかもしれない。人生には勝ちもあれば負けもある。勝ち続けてきた人間が最高位に登った最後の戦いに負けたのである。仮に不条理の中での負けとしても負けは負けだ。『官僚の一分』というものがあるとすれば、どう身を処せばよかったのか。そは三人の『武士の一分』に答えが出ているであろう。
   

それが正解であるかどうかは、かすかに武士のDNAが残っている平凡な日本人の心に膾炙するか否かである。
   

 一部には正義の味方・勇気ある世直し官僚との評判もあるが、この方は「義経千本桜」にもなれなければ、ましてや「赤穂浪士の討ち入り」にもなれないだろう。機密漏洩違反に問われないよう弁護士と予め周到に相談しながら、一部の身びいきマスコミに評判を書き立ててもらう、ただの三文役者にすぎない。ロッキード事件の「蜂の一刺し」も思い出す。
    
   
 はやくご家族のもとに戻られて静かに余生を送られるが良い。3ヶ月のボランティアなんて、この方の退職金の何分の一ももらえないサラーリーマンが退職後、志高くもくもくと奉仕するのに比べれば屁のようなものだ。自己を捨てて十年慎み、自省極めてもういちど考えてみるのがよいのではないか。その時、映画以上の『官僚の一分』があるなら見せてほしい。(駄話・閑話)



■関連情報
 ▼武士の一分(Wikipedia)
 ▼映画「武士の一分」 論(佐藤弘弥)



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