2009年05月09日

さらば、ホンダF1

週末土曜
あけ放った南の窓から入って
くる風がここちよい昼下がり
連休モードをチューニングし
ながら月曜からのシフトチェ
ンジにそなえつつ。。


林檎の花_3.jpg



ところで


今期F1は、戦いの場をヨーロッパに移しスペインGPが行われているが、またもやブラウンGPのバトンが予選一位につけ開幕戦以来の好調さを発揮しているようだ。昨年の覇者ハミルトンを擁するマクラーレンや常勝の王者フェラーリが低迷する中、レッドブルやすべりこみで参戦したブラウンGPなどの新興勢が好調さを示す序盤戦は、波乱に富んだF1下克上的様相を呈している。

ブラウンGPバトンの好調を見て、悔しさにほぞを噛む思いをしているのが多くの熱狂的なホンダF1ファンではないか。もはやどうころんでもF1の戦いの場にホンダはいないのだ。低迷に喘ぐ昨年、全ての勝負を捨てて車体開発を優先したその成果を問うこともなく、わずか1ポンド(約147円)で譲り受けたブラウンGPが、昨年と同じバトン、バリチェロで既に3度も勝ったとなれば、エクレストンでなくとも「自分たちの開発した車体のポテンシャルさえ見分けがつかないのかホンダは?」と皮肉られても返す言葉がないだろう。戦後、一介のベンチャー企業から身をおこし世界有数の企業に成長したソニーにホンダ、いずれも何か変ロ長調を感じる昨今である。

さて、『レースがDNA』と自負するホンダ。その言葉通り過去二度のF1参戦における輝ける栄光。その卓越した技術と戦果をして多くのF1ファンを驚喜・魅了してきたホンダのパワー・オブ・ドリームス。しかし、栄光三たびと復帰宣言をした99年から10年余に及ぶ第三期F1活動は、一度もチャンピオンに輝くことなく無惨な完全撤退へ追込まれた。

F1_マネー&サイエンス_1.jpgおりしも世界経済不況は容赦なく自動車産業界も痛撃し、モータリゼーション発祥本家の米国ではGMやクライスラーの存続さえ危うくなっている。代わって盟主に座ったトヨタも大赤字。今朝の朝刊では今年度通期で8500億の赤字を見通している。ホンダも同様だろう。いきおい世界不況を切り抜け生き抜くことが至上の経営課題となることは十分理解できるが、さりとて創業者・本田宗一郎から引き継ぐ社是『モータースポーツはホンダのDNA』の下、10年にも及ぶ膨大なF1投資を重ね、明日には成果が出ると言いながら、突如一転した屈辱まみれの夜逃げ同然の撤退は何故なのか?ホンダに何がおこっているのか?F1ファンならずとも覗き見したくなるのも一般心理だろう。。


そんな折、『さらば、ホンダF1』(最強軍団はなぜ自壊したのか?:集英社)という一冊の本がその辺りの事情を詳しくルポしているようなので、連休に入ったところで読んでみた。帯に相当する部分には、『F1ファンが愛した「あのホンダ」はもはや存在しない』『おそらく天国の本田宗一郎も大粒の涙を流しているに違いない。』と書かれている。

F1_さらばホンダ_1.jpg著者の川喜田研氏は出版社でF1担当編集者、スタッフライターを勤めた後、ホンダのF1復帰に合わせ独立。以降10年、自らをF1従軍記者と称するようにF1の現場取材を通じて執筆活動を続けている専門家で且つ、個人的には根っからのホンダF1フリークのようだ。率直で容赦ないホンダ批判は、愛して止まぬ栄光のホンダF1への彼自身の悲痛なる惜別のレクイエムであり、ホンダF1を現場で追い続けた10年の決算だ。

著書は、ホンダ第三期F1について《98年3月、当時の社長が「オールホンダでのF1復帰」という新たなチャレンジを提示したにもかかわらず、ワークスチームでの参戦が一転して打ち切られると、その後は「BARとのジョイント」⇒「BARとジョーダンの2チーム体制」⇒「BARの経営陣入れ替え」⇒「BARへの一本化」⇒「BARへの45%資本参加」⇒「100%資本参加によるホンダワークス化」⇒「スーパーアグリとの2チーム体制」⇒「ロス・ブラウンへの全権委任」と、何度も体制変更を繰り返し、「再出発」を宣言するという迷走を繰り返してきた》とする過程を現場でつぶさに取材してきた豊富な情報をもとに書き下している。

F1_鈴木亜久里の挫折_1.jpg氏は《「何のためにF1を戦うのか?」という大義が曖昧で「誰が責任を持って指揮しているのか?」すら最後まで明確に見えない『マネージメントなきホンダF1』と評し、第三期F1の「旗印」であった「車体開発」や「チーム運営」を行っていくための具体的な方針も実力もなかったホンダに勝利への道筋など描けるはずがなかった》とバッサリ切り捨て、返す刀でそれもこれも《「ホンダという企業そのものの変質」即ち、二人のカリスマ亡き後ホンダ社内において長い間せめぎあっていた二つの流れのうち、結果的に本田宗一郎の流れを汲む者が敗退し「レースがDNA」などとヤクザなことを公言しなくて済む「フツーの会社」になるのだろう》と括っている。


F1を観るのと同じくらいホンダF1の不振を紐解いた内容は実に面白かった。しかし、その文脈で考えるとレースカーを290Km/hで運転する根っからの技術屋で技術部門の総指揮者でもあった社長が川喜田の指摘するマネジメントをなぜ発揮できなかったのかorしなかったのか疑問が湧いてくる。


いつだったか、ローマの物語の著者・塩野七生氏が「ホンダF1撤退判断を賞賛していた」ことを思い出す。ローマの盛衰に照らし自動車産業が今後おかれる厳しいグローバル・コンペティションを考えるなら、大尽遊びのようなF1なんぞにうつつをぬかす時勢でないでしょうと言ったか言わなかったかは?だが、ローマから現代の国、政治、企業経営などのあり方・行くべき道を帰納法的に高く説かれる立場からは、そんなふうに言ったように聞こえてくる?気がする。

会社の寿命_1.jpgもう一つ、20年前に出版された新潮文庫に『会社の寿命』(盛者必衰の理)という小さな書籍がある。ここでも明治から昭和に至る企業のトップ100を10年ごとに追うことで企業の栄枯盛衰を帰納法的に立証し『会社の寿命は30年』を導いているのだが、一節を引用すると《企業には必ず寿命がある。。。略。。。これは明治以来の産業史が証明する事実だ。限りある企業の寿命を延ばす唯一最大の方法は「変身」である。なぜならば、産業構造は時代とともに確実に変っていくからだ。。》いかに生き延びるかについて唯一最大の方法は『変身』とする。


昭和30年代当たりから栄華を謳歌してきた自動車産業も原油価格の高騰、環境問題、供給過多、購買力の低下・控え、などなど大きな曲がり角にさしかかっているのは周知のことで、今でも進んでいる業界再編統合が更に猛烈にやってきて多くの自動車メーカーの名が消えて行くのではないか。ホンダの生き残りにホンダのDNAであるレース・F1をも捨てて取り組むというのなら、それもしかりでないかと思う。

例えば、人工多能性幹細胞(IPS)のような世界に先端切った技術を保護育成しようとしないかの現政府&官僚による補正予算を見ていると、技術立国日本の先行きに暗澹となるというものだ。残された日本の将来への活力は民間の企業努力に期待せざるを得ないのかもしれない。映画「マルタのやさしい刺繍」によれば「夢みるパワー(Power of Dream)とはあきらめない心」だそうだ。内情はよく分からないが、その意味から、F1のホンダ転じた次世代技術のホンダへの変身チャレンジに星屑ブログからエールを贈ろう。。(閑話・閑話)


■関連情報
 ▼基礎から分る自動車業界再編(My Blog)



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達磨50% 忙中閑話。。 閑話。。。
posted by 不惑永遠 at 18:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 自動車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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